2012/08/24

マンチェスター のんびり

8月23日夜
 
 

 まだマンチェスターにいます、ここに来てからは特に刺激的なこともなく毎日ぶらぶらしてホステルと街の往復をしています。ホステルには毎日入れ替わりで、イタリア人だったりフランス人だったりドイツ人だったりと、いろんな人がいろんな目的で泊まりにきている。イギリス人の子供が同じ階の部屋にいるのだが、とてもうるさいし毎日ホステルの周りをうろうろしていて何しにきたのかがわからない。
彼らは僕とすれ違う時必ず「ニーハオ」と言ってくるのにも最初は笑って返したがいよいよしゃくに障る。日本人だと言い返しても聞く耳を持たない。
 





 今日は中心部に中華街があると聞いたので、行ってみる事にした。
トラムかバスに乗ろうとしたが、結局歩いた方がいろいろ見れると思い、歩いた。マンチェスターは住みやすそうに見える、ロンドンに比べてだ。人々もカントリーサイド向きな温厚な人間が多く、親しみやすい感じの良い人が多い。汚いところもあるが、そこは大目に見よう。ホステルの前には巨大なカッターのような鋭いビルがある。

 
ヒルトンホテルだ。いちばん安い部屋でも£255(約30,000円)とユースホステルの15倍もする。因にわがユースホステルは£17(約2,500円)。このホテルに泊まる人はさぞかしユースホステルが小さく、汚く見え、野良犬どもの集まりが泊まるのだろうと、ブランデー片手に高層階から見下ろしているに違いないと思った。





 そんな事を思いながら歩いていると中華街はすぐに着いた。実は僕は中華街デビューだった、横浜の中華街にも行った事が無かった。どんな物かと思うと、割とこじんまりしていてわずか3ブロックくらいのところに中華料理やタイ料理、わずかながら日本料理もあるようだ。日本料理屋は大抵高いので中華のビュッフェなら格安ですむと思い、店に入った。

 店内はおいしそうな匂いが充満しており、いくつもの皿にいろんな料理がのかっていた。席に着くと、中国人のチーフ風の男が当然のごとく中国語で話しかけてきた。「わからない」と言うと「一人?」とだけ英語で聞いてきて、後は勝手にしろと言わんばかりに何処かへ行ってしまった。以前もイギリスに来たときに何度か中華ブッフェを食べたことがある。今回もそうだが、これはまぎれも無く中華料理ではない。
中華風料理と言うべきだろうか。たくさん皿があるがその中でも唯一酢豚や春巻きだけは確認できたが、それ以外は見た事も無い物ばかり、麻婆豆腐やチンジャオロースーといったおなじみの物はもっといい店に行けと言わんばかりの店だ。味もまずかった、こんなので充実できる中国人がいたら教えて欲しい。うまみが一切無い。

 まあ安かったから良しとし、店を出て歩き回る。近くにイギリスではおなじみの大型衣料店PRIMARKがあったので、ちょっと見に行く程度で入った。PRIMARKはイギリスで、というか世界的に見てもここまで価格に挑戦したファストファッションブランドは無いのではないかと思う程価格が崩壊している。日本には進出していないが、もし日本に来たらとんでもない事になるだろう。(自爆する可能性もあるが)

 まず、わりといい薄手のブルゾンが£10(1200円)。無地のYシャツが£5(600円)。デニムに至っては£9がセールで£4(480円)。セールして良いのかと思う程の金額だ。

あまりたくさん買っても仕方ないのでサングラス50p(60円)とポロシャツ£3(360円)を購入。
おそらく1000円で上から下まで揃ってしまうのではないかと思う。気になるのは質だと思うが、やはりそこはファストファッションクオリティだと思う。品質もデザインもそこまで良いとは言えないが品揃えと安さは計り知れない。わずかながら良い物も置いてあるようでツイードのチェック柄のジャケットが£48で売られていた(6000円)。




帰りはトラムで帰る事にした、またわずかながら雨が降ってきた。
トラムは非常に便利だった。


マンチェスターには土曜までいます。









 

2012/08/22

マンチェスター 休息編

8月20日

 ロンドンユーストン駅からVirgin Trainのマンチェスター行きがキャンセルになり1時間遅れで次の電車に乗った。車内は非常に奇麗で、写真を撮るのを忘れたが洗練されていた。喉の調子が悪く、咳とたんがよく出る。もしかしたら風邪かもしれないと思う。






しばらくすると、かなり奇麗な女性が隣りに座る。紅茶を飲みながらサンドウィッチ片手に雑誌を読んでいる隣で僕の咳が止まらない。「すいません」と言うも「全く平気よ」と彼女が言うのが申し訳ない気分になり、咳き込むのをちょっと我慢した。旅行でずっと鉄道で旅しているのが興味を持たれたが、だんだん僕の喉がかゆくなってきた、まずいな。唾を飲んでごまかすも、咳払いして立て直そうとした次の瞬間、のどの奥がさらに奥に吸い込まれるような感覚が襲う。(ようするに吐きそうになる)まずいこのままだと、周りの人に迷惑をかけるし「ああ酔ったんだな」と勘違いされる。口を少し押さえ、思いっきりゴクリとつばとその他を飲み込む事に成功し、事なきを得る。しかしその直後、こんどは胃が信じられないくらい痛くなった。なぜかわからない。胃はおそらく「また戻ってきたのか」と怒り、痛みを放出してるにちがいないと思った。しばらくすると胃の機嫌も直り元通りになるも、喉のかゆみからいつまた吐き気が来るかわからなかった。




2時間後、無事マンチェスターに着き、昨日予約してあったユースホステルを探すも、全くわからない。人々に聞くとタクシーが一番いいと言われ。タクシーを使った。£6。

ユースホステルは水路のほとりにあり、両サイドがレンガ製の鉄道の高架に挟まれ、ホステル自体もレンガで作られていた。とても奇麗な水路に気持ちが落ち着きしばらく長旅の休暇にしようと決めた。



しばらく横になると、今度は肩が激痛に襲われる。こんな痛みは初めてだったので怖いくらいだった。横になっても痛い、寝ながら苦しむ。
左肩も痛いが、より右肩の方が強烈な痛みだ。じたばたしてもしょうがないのでとりあえずアスピリンを飲む事にした。しばらく痛みはつづいたが1時間くらい経つと楽になった。

ふう。よかった。その後強烈な眠気とともに昼寝。


おそらく、バックパックの重みの疲労から来る物だろう。。




起きると夕方になっており、散歩する事にした。
今日はあちこちでパブに人が食いついている、そうだマンUの初戦なのだ。僕もビール片手で観戦する。
「香川を見に来たの?」
地元サポーターはみんなこう聞いてくる。

試合は残念ながら負けたが。ウェルベックが倒された瞬間や香川が後半最もゴールに迫った瞬間は「ヴー!」という低い声がパブ中にこだました。

試合が終わると、客たちはみんな笑顔で会話していた。

「香川サイコーだよ、今日は負けたけど次から全勝だよ」
「チームがまだまとまっていない、だけどルーニーと香川は良かったよ」
「ルーニーと香川が連携したらシティなんかに負けない」


と、嬉しいことに香川絶賛だった。




Distance of 11898km

8月16日

ブリュッセル駅からユーロスターに乗る前ベルギーの出国審査およびイギリスの入国審査がある。以前ユーロスターを乗ったとき鉄道からの入国はそれほど厳しくなかったので、余裕の心境で挑んだ。


しかし、僕の2つ前の日本人が別室に連れて行かれ、僕の前の黒人も別室に連れて行かれた。僕なんかよりは明らかに旅行客風だし、怪しいそぶりも無かったように見えたがどうしたんだろう。だんだんと緊張が高まる、そしていよいよ僕の番だ。

前半は目的等の質問だったのだが、後半は旅程を全部説明してくれと言われイライラした。ホテルを決めてなかったが、ユースホステルに泊まると言ったらなんとかスタンプを押してくれた。


お盆の時期という事もあったのか日本人が多かった気がする、僕の隣りの席も日本人だった。彼は留学中でダブリンから最近ロンドンにやってきたという。それで今回はパリ、ブリュッセル、アムステルダムを1週間旅行してきたそうだ。僕は今までのトラブルをさぞ自慢話のように話し、優越感に浸っていた。いいストレス解消になったが、彼にとっては迷惑な話だったろう。



 話をしていたらあっという間にロンドンに着いた、鉄道11890kmを走破してしまった。ウラジオストクを出発し、実に10日。本当にロンドンまで鉄道で来れたんだと実感し、感動する。しかし、すぐに宿泊先を探さねばならなかった。ホステル等の安宿は残念ながらインフォメーションが開いておらず、キングスクロス駅近くの安宿街を一個一個聞く事にした。£50からはじまり£40が平均というところか、3件くらい周ったあと最後に朝食付きで少々高いが£38のB&Bを発見した。
(約4500円)

久々の熱いシャワーは体に染み渡っていった。一人で寝るのも考えてみれば相当久しぶりだ。ベッドが気持ちよくてすぐに就寝してしまった。





翌朝はB&Bの朝食で腹を満腹にさせてから、散歩がてら10日間洗濯を一切してなかったのでレセプションで教えてもらったランドリーに行った。「洗濯と乾燥で£4か、高いな」仕方ないと思いつつ洗濯した。そこにいたインド系の兄ちゃんのイントネーションにイギリスに来た事を実感しつつ、時間があるので昼ご飯にする事にした。偶然にも目の前は食堂がいくつかあった。パブは昼から大盛況のようだが、メニューは大抵決まっている。となりのちょっと怪しめの食堂に入った。そこはアゼルバイジャン料理だった。汚いメニューにテーブルも奇麗とは言えない。だが奥のコンロから香ばしい匂いが漂ってきた。

よし、ここにしよう。

まず野菜が足りていないので、ノーマルなサラダを注文した、そしてケバブと書かれた欄が気になりラムチョップとリブのミックスに水を注文した。

すぐにサラダが来た。

しなびたレタスに、しなびたオリーブ、固いモッツァレラチーズ、フェタチーズかな?お情けでトマトは普通だったと言えよう。この後の料理が何とも不安になる一品であった。

かれこれ20分くらい待っていたであろうか、さっきとんでもなくでかい肉の塊から切っているのを見てたのでもうそろそろだが、それにしても遅い。

なんだかこの場から一生出れないんじゃないか、なぜかそんな事を思う。


そしてついにケバブが登場した。





サラダが付いていた事はいいとして。肉のうまさは半端無かった。ライスも細長タイプで肉によく合いおいしい。焼きトマトはうまみぎっしりという感じで、あつあつだった。
充実した、値段はちょっと高かったが、シベリア鉄道の食堂車に比べれば全然ましだ。



またしばらく散歩し、カメラの値段を調べ購入を決意し、故障したカメラを郵便局から日本へ送った。トラブルはしょうがない。



ロンドンに留学している元ルームシェアの友人に会ったり、プリマークで下着を買いあさっていたらあっという間に3日間が過ぎた。

明日はマンチェスターへと向かいます。

2012/08/21

Pukkelpop 核心編


あの喧騒からテントが一瞬にして作れたので、少し休んですぐ会場へ行く事にした。

一人のフェスが始まった。会場に入ると、人が考えられない程多く、砂埃が凄く、さらに始まって4時間くらいなはずなのにもうゴミが散乱していた。あちこちに男性用トイレが設置されていてとても臭い。こんな劣悪な環境のフェスは初めてだなと思った。過去にレディオヘッドを見にこのプッケルポップに来た事があるが、ゴミは多かったがここまで劣悪じゃなかった気がする。まあともかく何か見よう。








Snoop Dogg@Main Stage (14:30-15:30)

初めて見たのだが、もの凄くかっこ良かった。伝統的で頑固なHip-Hopという感じ。


Of Monsters And Men@Marquee(15:25-16:15)

これも初めて、アイスランドのバンドで先日ビルボードチャートを賑わしたという。見た目はアーケイドファイアっぽい、ヨーロッパの少女たちが好きそうな牧歌的な演奏だった。シングル曲の異様な盛り上がりに驚いた。



Santigold@Main Stage(17:40-18:30)

最初はなんでこんなやつがメインのいい位置でやるんだよというような、情けないセットと見た目だった。santigoldは歌のみで両サイドに黒人の意味深な緩い踊りが2人、あとベースとドラム、シンセだった。が、途中らへんからそのグルーヴ感とビートにドキドキしてきた、あっという間に体は動いていた。日本にはちょっと来なさそうだなとも思った。曲はDisperate Youthがよかった訳で、後にニューアルバムをすぐに買った。(サマソニ08に来てたらしい)

Hot Chip@Marquee(20:00-21:00)

かなり見たかったが後でも見れそうなので、今回は数曲だけにした。なんといってもドラムがSarah Jonesだったことだ!本当に素晴らしい演奏をする人だ。



ここからライブの核心を書きます。


Bjork@Main Stage(21:15-22:45)

トリ前はBlock Partyで早々と終わったので、モッシュピット行きを決めた。モッシュピットは日本では考えられないくらい空いていたしゴミの量がもはや処理場近い量になっていた。さあ、始まるぞと気合いを入れた。だが、開始直前までモッシュピット内はほとんどのひとが地べたに座っている(因に近年のフジロックのように椅子を持って座っている奴は全体で2人くらいしかいなかった)ぽつぽつ立ち始め、全員が立ったくらいのとき会場のライトが消える。しかし、まだ21時とはいえまだ夕方で明るい、こんな感じでBjorkが見れるのもなかなかないだろう。

bjorkはゴムのチューブを体中に巻き付けたようなドレスで登場した、さぞかし動きにくそうで、頭にはバッハのような髪型の青色のカツラを被っていた。曲の構成はやはりBiophiliaからが多い、過去の曲になると歓声はすごかった。確かに過去の曲になるともの凄く感動した、特にHidden Placeの映像は信じがたい程良かったからだ。どんなものかというと海底の深いところで、ヒトデやウニ、タコといったものがうようよと早回しで動いている。何やらアザラシらしき死骸が映る。その死骸にヒトデやタコたちが口や目からアザラシの中に侵入してく、しかも大量に。やがてアザラシはもぬけの殻になるという映像だった。
確かにHidden Placeだと思った。

電気のながれるおもちゃやスクリーンといった今回は遊びご心が多かった印象を受ける。なかでも、気付かれにくいが遠隔操作のパイプオルガンには驚いた。

「今年最後のライブだからよく見ていてね」
そう言っていた。今年ではなく一生の最後にならない事を願いたい。
フェスのつらさや体力の消耗との戦いもあったせいか、心底感動した。

1.Cosmography
2.Hunter
3.Thunderbolt
4.Moon
5.Hidden Place
6.Unraval
7.Crystaline
8.Virus
9.Heirloom
10.Joga
11.Hollow
12.Pagan Poetry
13.Mutual Core
14.Pluto
15.Nattura
(encore)
16.Possybly Maybe
17.Declare Independence







Nicolas Jaar Live @Casttello(22:30-23:30)

Bjorkも終わり、一息つく間もなくNicolas Jaarへ急いだ。意外にも客は少なく出入りが激しかった。ムーディーなトランペットに浮遊するようなシンセ群に力強いキック。なんとも心地良い音楽だ、体験できて幸せだった。最新のニューヨークを実感した。

Feist@Marquee(23:20-0:20)

なんだかとてもCat Powerが見たくなってしまった。。。

Netsky@Mainstage(23:40-0:40)

クロージングとして出ていたのだが、今まで名前を聞いた事が無かったので、どんなものか見てやろうと思った。
Bjorkよりもお客が多かった事に驚く。そしてライブが始まったのだが、ドラムンベースやトランスが混ざったような感じだった。日本ではこの位置は絶対に無いだろうと思った。











イヤー疲れた!!

テントに入ると、(何も盗まれてなくて良かった)すぐに眠ってしまった。
本当に疲れたフェスだった。結局日本人はおろか、東洋人は一人も見なかった。終始どアウェーな感じでした。


朝起きて、テントを片付けるも隣りの人に手伝ってもらい、昼過ぎに電車に乗りブリュッセルへ戻った。ロンドンまではユーロスターで2時間半。


もうすぐだ。




Pukkelpop 奮闘編


序章。


 目の前に現れたのは、コカコーラやベルギー国鉄やラジオ局などの広告の数々。エントランスにはチケット交換の列が5列くらいあるがどれも長蛇の列。客層は白人の若者がほとんどで男の半分くらいがなぜか上半身裸でスキンヘッドだ。必ず右手にベルギーの国民的ビールJupilerがあることも忘れてはいけない。その長蛇の列に並ぼうとするも、キャンプサイト入り口でもチケットをリストバンドに交換できるという。ならばキャンプサイトまで歩いて行くかという考えになった。チケットは日本からプリントアウトしてきたもので、丁寧にキャンプサイトの位置まで書いてある。

どれどれ、僕はキャンプサイトBだ。

ACDBの順で並んでいて僕のBが一番遠く、地図上で見てもかなり離れていてバスも出ているという。なんだバスがあるなら最初に言ってくれよと安堵な気持ちになるも、バス停前はバーゲンセールのような状態になっていた。僕の周りにも何人かBのチケットを持っている人がいて、こりゃだめだなと言わんばかりに徒歩を決意していたようだ。僕も同じく徒歩を決意した。




歩いても歩いてもCにさえ辿り着かない。一体どうなってるんだ、30分くらい歩いただろうか、やっとCが見えてきた。BはCを超えた先にある。キャンプサイトCの大きさに愕然としながら歩き続ける。バックパックに壊れたカメラ、1Lの水。今すぐすべて捨ててどこかで寝っ転がりたかった。重い、暑い、肩も痛い。心が折れてしまいそうだった。何で僕は一人でこんな事してるんだろう、そんな事まで考えてしまった。


 しばらくすると、ついにBが見えてきた、うれしいというよりもほっとした方が強かった。しかし、すぐまた長い列が。

長い列に並んでいると、放送が流れてきた。フランス語とオランダ語で意味が分からない。周りの客は「オイ!」と落胆と怒りが混ざったリアクションだ。一体何が起きたのか、近くの係員に英語で訪ねると、驚愕の事実が。

「このキャンプサイトは一杯になってしまいました。そのチケットでAに行ってください、バスはここから出てますので」


えええ?


また戻れというのかこいつは。そりゃ無いよと言ってしまった。しかしAはゲートのすぐ目の前で実は会場とのアクセスがすごくいいのだ。まあ棚から牡丹餅だと思うか。そしてすぐにバス停へ行くと。。。



衝撃的な光景だった。



数百人の人が押し合い圧し合い、わずかなバスの隙間へ我先にと争奪戦になっている。しかも並んでいるならまだしも、来るバスを取り囲みバスに対して半円になるように並んでいた。ここまで来てもう歩いては戻りたくない。ここに並ぶしかない。そう決意したのち圧死しそうなくらい押され体力も限界に近づこうとしていた。東洋人や黒人が一切いないせいかアウェー感がすごい。どこかで小競り合いがあったようだ。怒鳴り声が聞こえる。そしてバスが10台目くらいでやっと中に入れた。

さすがに疲れすぐに眠っていまいそうだった。バスはなぜか遠回りをして20分くらいかけ会場前に着いた。やっとキャンプサイトに入れる、誰もがそう思ったに違いない、しかし修羅場はここからだった。

またしてもBからあふれてきた人たちでAの前には数百人の人間が待っている。しかし、20分、30分経っても何も変化が無い。その間Aのチケットを元々持っていた人はすらすら入って行く、横目で我々は指をくわえていた。そして、待ちきれない上半身裸の若者が缶やペットボトルを投げ始める。指笛ブーイングも一斉に始まった。ヤバいなと思った、次の瞬間。関係者がおそらく

「待ちなさい、暴れると中に入れさせないぞ」

という感じの事をおそらく言った。さらに10分くらいたったであろうか、若者たちの一部が興奮し発煙筒を何処からか持ってきて点火してしまった。缶やペットボトルやゴミも投げられる。ついにこれはまずい、なんかのデモに参加しているのではないか、だとしたらなんのデモだろう。まあそんなことはどうでもいい、とにかくヘタしたら怪我するかもしれない。だが若者たちは近くにいる馬に乗った警察官によって取り押さえられ、その場が収拾された。その直後にようやく奥の方に案内され、最寄りの駅に着いてから実に4時間後にテントが建てられたのだった。




もう寝て明日帰ろうかな。
う思ってしまったのも過言ではない。




つづく