2012/11/07

Iceland Airwaves (前半)



レイキャビークに戻ってきてまずやった事は、アイスランド大学で日本語教師をしているマミちゃんの授業のゲストとして授業に参加した事だった。

シバノさんと絢子さんと僕はネイティブの日本人という事で、自己紹介や簡単なクイズを2年生のクラスと1年生のクラスにそれぞれ参加した。最初は2年生の子たちだったのだが、彼らは驚く事にもうかなり日本語を理解する事ができ、20人くらいの学生全員が奇麗な発音で自己紹介ができたことには3人は驚きを隠せなかった。

日本に興味があり、ゆくゆくは彼らの多くが日本に留学するのだという。日本に来たときにはまた再会したいものだ。

続く1年生の授業はまだうまく日本語を喋る事ができない学生が多いなか3つのグループに別れ、学生たちの自己紹介を聞いた。



1年生のクラス







その翌日からアイスランドで最も大きい音楽フェスティバルであるIceland Airwavesが始まった。



会場も無料で入れるオフベニューと公式のステージを合わせて大小20くらいのステージがあり、大きいホールが3つほどあるHarpa(ハルパ)やライブハウス、クラブ、CDショップ、本屋などで展開されるフェスだ。無料で入れるオフベニューでも時間は少ないもののわりとしっかりしたライブをやってくれる。






街を歩いていると、雑貨屋のショーウィンドウにかわいい電飾の置物がおいてあった。絢子さんは気に入って購入した。どうやらアイスランド人が手がけたブランドらしく、まだ日本には来ていないだろう。ほかのものもかわいらしいグッズがいくつもあったので、また買いに行きたいと思う。











洗濯物を洗いに行った絢子氏が、オーロラがすごく出てると興奮気味に戻ってきた。急いで外に出ると、これまで見た事の無いくらい明るく大きいオーロラがふわふわと空に浮かんでいた。最初は外のあちこちで出ていて、いろんな方角にオーロラがいた。オーロラはすぐに形を変えたり大きくなったり小さくなったりを繰り返しだんだんと薄くなっていった。この日のレイキャビークは台風並みの風とともにとてつもなく寒く、外にちょっともいる事ができないくらいだったが、この時こそは我慢して空を見上げたものだった。レイキャビークのオーロラに感謝した。












翌日もエアウェイブス。この日はカナダのDoldrumsが良かった。

機材のコードが絡みすぎていたのが気になったが、彼はあまり気にしていなかった。







風は前の日より強くなり、普通に歩く事ができなくなっていた。転倒などで救急車で何人も運ばれたという。


翌日は思いもしない出会いがあった。。。
エアウェイブスは後半へと続きます。

2012/11/04

Ísafjörður~Grundarfjörður~Reykjavik

イーサフィヨルズルを出た。


相変わらず気温は寒いが凍えるほどではなかった。
車にエンジンをかけ、ネットでメールのチェックをする。そう、ここのゲストハウスはなぜかWi-Fiが隣の家の別館にモデムがあるらしく外の方がつながりやすい、その建物は夏季限定の建物で入れないから外でネットをする。なんとも不思議な光景だ。


この日は来た道を戻って南下する方法もあったのだが、まだ通ってない道を走りたかったので山を2つ3つ超えるルートを選んだ。道路情報のサイトで、走る予定の道を調べるとある一部の道が''Extremely Iced''(非常に凍っている)部分があるらしい、いままではスリップしやすい、や積雪の文字はあったものの、この表現は初めてだ。だが、我々の相棒は赤い四駆のジープ。ちょっとやそこらじゃ滑ったりしないだろうと甘く見ていたし、アイスランドをもう4分の3くらい走って、砂利道、凍結路や様々な道を走ってきていたので、これ以上の危険な道はないのだろうと安直な気持ちだった。


しばらく走るとトンネルが現れる。なんとトンネルの内部で、1車線になる。時たますれ違いできるスペースがいくつかあった。







 山を1つ越え、また山越え。路面もだんだん凍ってきているのがわかるであろうか。








山の頂上から来た道を望む。





この先は当然の事ながら、下りだ。だが日陰より日向に入った瞬間から道がつるつるに凍っている事に気付く。






これはまずい。もしこんな所で滑ったら、谷底に落ちて気付かれずそのまま死んでしまうかもしれない。ガードレールが肝心な所でない事に怒りを覚える。

いくつかのカーブを超えた後、それは起こった。


四駆モードでも滑るのは覚悟していた。速度制限も20km/hという標識が見えたが、これは凍っていなくても20km/hということだ。僕は10km/hくらいに落とすが急勾配と急カーブの連続でギアをローに落としてもやはりブレーキが必要だ。当然対向車なんていない、この事はすれ違いをしなくても良いと言う意味で幸いなのか、もし転落したら不幸なのかどちらか僕には判断できかねた。



次の瞬間ブレーキをゆっくり踏むと「ガーーー、ガーーー」


滑ってる。

ブレーキがほとんど利かない、そのまま車は滑ろうとしはじめる。どうやら赤いジープの方はもう諦めていたみたいだった。僕はそのまま滑って転落することを覚悟した。絢子さんを落ち着かせるために、
「落ち着いて、大丈夫だから。絶対大丈夫」

と、逆に不安にさせる事くらいしかできなかった。
彼女はこれを聞いて本当の危機なのだと悟ったという。

路面はアスファルトでない事が幸いし、わずかに土が露出している所がありそこでブレーキを踏んだ。

「ググッ」

ブレーキが利いた。。。

ふう。


だが、まだまだ難関はあった


完全に凍りついていた。先ほどの教訓を生かし、ほとんど止まっている状態のスピードで走る。標高はようやく300m下回った。フィヨルドの山の頂上付近はだいたい600くらいで400mくらいから凍った道が増えるのだ。








そして、死の山越えから脱出したのであった。だが、ぬかるんだ道も危険がいっぱいでこれからも過酷な道のりが続く。

ふと海辺を見ると。野生のアザラシだった。


その後は先の事件により集中力を使い過ぎ、目が非常に疲れた。Grundarfjörðurについてオーロラハントをするが雲が多く、さらに風が台風なみに吹いていたので諦めた、近くにある特徴的な形のフィヨルドの大きさにもかなり恐怖に感じた。







白い馬が道を塞ぐ



翌日、首都でありスタート地点のReykjavik(レイキャビーク)にいよいよ戻ることになった。
最後の200kmの道のりは非常にイージーでいままでのハードな道のりに比べると精神的にも楽であった。

アイスランド唯一の有料道路も通った。


そして、ついにレイキャビークに帰ってきた。

車はもう泥だらけだったが、ボコボコでなくてよかった。
アイスランド一周は非常に良い経験となった。景色や地球の本当の表情などが垣間みれた反面、危険がたくさんあったことも事実だが。夏場はもっと楽に1周できるのではないかと思う。もし、アイスランド1周を計画している人がいるならばホステルなども融通のきく夏場を勧めようと思う。


そしてエアウェイブス(音楽フェスティバル)が翌週から始まるのであった。

2012/10/30

Seyðisfjörður~Akureyri~Ísafjörður


アイスランド東部の街Seyðisfjörður(セイジスフィヨルズル)を後にした。目的地はアイスランド第二の都市であり北部では最大のAkureyri(アークレイリ)だ。この先は平坦な道のりではないだろうし、ほとんどが雪道だろう。慎重に運転するのを心がけ、出発した。





山間部はやはり雪が多い。滑るほどではないが、スピードを出しすぎると危ない。

数時間走り、昼過ぎに(Mývatn)ミーヴァトン湖にたどり着く。硫黄の匂いが漂う火山湖だ。休憩もかねて、以前から注目していた場所に行く事にした。Myvatn Nature Bathと言われる、南部にあるブルーラグーンのような露天風呂施設だ。
早速入る事にしたが、外は−5℃という東京出身の僕には信じがたい気温だ。男女混浴であるため、スイミングウェア着用が義務づけられている。そんなことより寒い。体がしびれるくらい寒い。外に置いてある椅子やテーブルは凍っており、見るだけで寒気が走る。

すぐにサウナの小屋へ逃げる。体が温まってから、いざ広大な浴場へと挑んだ。









あったか〜い
 しかも青い!ものすごく奇麗だ。
 ブルーラグーンに比べるとこじんまりしているが人が少なく温泉は奇麗だった。なんといっても硫黄の匂いが体をリラックスさせる。大きい所は場所によって温度にばらつきがあるが、35~40℃くらい、下の桶のような所は42℃くらいと熱いくらいだった。




温泉を後にして、近くにある火山へと向かった。
衝撃的な姿だった。こんなにぬめっとしていて、人が作ったのではないかと思うような形の山を見た事が無かったし、その大きさといい。まるで宇宙人の基地のような。。。




登ってみる事にした。山のふもとは温度が0℃くらいで余裕だと思ったが、頂上は15分くらいで着いたのだが、凍えるような強い風が吹いており、人間の来る場所ではないと悟った。




さらに2時間ほどで今日の目的地、 北部最大のアークレイリが見えてきた。我々の宿はアークレイリから10km位離れた人がほとんどいないエリアで、探すのが大変だった。ナビも詳細の場所がわからないようだし、2往復くらいその付近をうろついてもわからない。結局電話して、小さい青い看板に名前が書いてあると言われ、それに従い宿にたどり着いたのだ。

アークレイリの町並み。宿から。


宿についたが、人が誰もいない。(当然だとは思ったが)
その集落は3つの建物があり、ひとつはどうやら民家、もう2つがゲストハウスなのだと思い、電気が灯っている方へ車を移動した。車から降りて建物の中に人がいるか確認したとき事件は起きた。

タイル張りのやや傾斜のある駐車場なのだが、スケートリンクのように凍っているではないか。我々は車から降りるとすぐに滑って、慌てふためいた。こりゃダメだと思い車に戻ろうとすると、車にしがみついていた絢子氏と車が一緒にツルツルと滑り始めたのだ。

2人に緊張が走った。




駐車場にはもう1台白いバンが近くに停まっており、どう考えても僕らの赤いジープが滑る方向にある。

やばい。本当にヤバいと思い、僕はちょうど右側にいたので絢子氏にハンドルを握らせる。


が、車はコントロールを完全に失っていた。ゆっくりと白いバンに向かって滑る赤いジープ。僕が右側から運転席に移動し、絢子氏を後部座席に移動させた。
ググッという音とともにようやくバックができた。

ふうううう。

二人ともしばらく緊張の糸がほどけなかった。


翌日は北西部のイーサフィヨルズルまで約550km移動した。長い道のりだったし、フィヨルド地帯に入ると過酷な道だった。最初はオフロードもなんなくクリアしていったのだが、雨や雪でぬかるんでいるため、時折滑った。




北西部のフィヨルド地帯に入ると道は海岸に沿って南北を行ったり来たりする。10kmほど離れた先が見えるのもこの地形のおかげだ。フィヨルドの間に橋やトンネルがあるところもあるが、ほとんどないのでものすごい時間が掛かる。それも楽しみの一つかもしれない。



そしてイーサフィヨルズル。残念ながら、天候が悪くオーロラは見えなかったが、ゲストハウスで焼いて食べたサーモンがおいしかった。


翌日アイスランド一周最後の街に選んだのはGrundarfjörður(グルンダルフィヨルズル)である。だが、この翌日に最大の恐怖が待っていたのだった。

2012/10/28

Höfn~Seyðisfjörður





Höfnを出発してこの日はアイスランド東部の奥地Seyðisfjörður(セイジスフィヨルズル)に向かった。今回は道のりがかなりハードで、砂利道、凍結路、崖っぷちと恐怖を感じる箇所がいくつもあった。相変わらずの圧倒的な景色は健在だが。





崖っぷちゾーン、肝を冷やすような道であった。


国道1号線はアイスランドで最も重要な国道で、島内1周を1339km掛けて一周するのだが、国道とは言うものの、砂利道や凍結は当然、橋では1車線(ゆずり合い式)だったり、羊が道を通過したりと危険が多い道だ。

南部は比較的緩やかな道が多かったが、東部を海岸から山間部へ移ったときに一気に景色が変わった。









ほとんど対向車がこないので、道の真ん中を走るのが吉。

峠で次の街が微かに見えてきた。ここはさすがに寒かった。車の温度計は-10℃を指していた。

山小屋か休憩所か


東部最大の街Egilsstaðir(エイイルスタジル)についた。
僕らの今夜の目的地はセイジスフィヨルズルなのでここからさらに山を越え、30kmほどある。ちょうどアイスランドではおなじみのスーパーBONUS(ボーナス)があったので夕飯の買い物をした。



買い物も終わり、車に乗り込み次の街へ向け山越えを果たす。
途中の峠からやはり街が見えた、あれがSeyðisfjörður(セイジスフィヨルズル)だ。




かなり慎重に運転し、すべらないように4WDモードにして走行した。

街に着き、ユースホステルを見つけたのだが、いつものように留守であった。街を徘徊し、割と大きいホステルを見つけた。

POST HOSTELと言う名前だ。中に入るとやっぱり管理人の姿は無く電話で交渉する。
「明日君らが出る時にお金を取りにくる、部屋は206に泊まってくれ」と言う。なんと自由なゲストハウスだこと。これじゃあ30人くらい一緒の部屋に泊まってもわからないな。




夕飯は焼きそばにした。麺はアムステルダムで購入、野菜、肉はアイスランドのもの。




夜になり、オーロラハントに出掛けた。
山道を登り、北側の空に注意する。すると、小さいがもやもやと光る物体があるではないか。オーロラだ。

我々は興奮し峠に移動するが、急に雲が増えてきて見えなくなってしまった。しばらく待つもののやはり出てこない。逆の街側には月明かりで凍った湖が反射していた。

UFOが降り立つようなこの風景は何とも信じがたい現象であった。


寒さの中部屋へ戻り、ベッドに入り込み気がつくとセイジスフィヨルズルの朝を迎えた。

2012/10/26

Vik~Hofn


Vikを昼前に出発した。

やや曇っていたがこの日も太陽は終日顔を出している事が多かった。






























しばらく走ると、Mos(コケ)の大群があった。








Skaftafell(スカフタフェットル)にある
Svaltifoss(スヴァルティフォス)という滝


山道を登り、徒歩で20分かけたかいのある光景だった。なぜこんな風景になるのか不思議でしょうがない。もうアートとしか思えない。



















Kviárjökull ここは全くの偶然だった。風景に気を取られていると、後ろに氷河が見えると絢子氏が言う。
降り返ると、信じられないくらい大きい氷河が姿を現していた。

車を転回させ砂利道を走り、近くまでたどり着いた。その間に名所の案内など一切無かった。「見ればわかるだろ」と言わんばかりの堂々とした態度に頭が下がる。

余談はいいとして、この氷河は形も奇麗で大きく、目の前が池になっているので見やすい。なぜこんなにも素晴らしい景色に人が誰もいないのか、それだけが気になった。

こんな景色を目の前に僕ら以外の人が一切いない。もはや地球に僕ら以外いなくなってしまったのではないかと思うほど人気(ひとけ)がなかった。















Höfnには夕方着いた。前の日にとあるゲストハウスに決めていたのだが、そこは町外れで周囲1kmはなにもない、ただの牧草地だ。町外れと言っても街の中心からは2kmくらいである。
調べた所によると人口は1780人だという。


景色は驚きの連続で山肌頂上付近が夕日に当り、何とも奇麗な姿をさらしていた。我々はカメラを手にし興奮しながらシャッターを押した。



ゲストハウスに着いた。他の客が2組同時に着いたようだが、オーナーの姿が見当たらない。アイスランドではよくある話だ。
オーストラリア人の夫婦がオーナーと電話し、すぐに行くとの事。
その間に部屋を決めてほしいと言われる。値段は一人2500円くらいか。安い。










太陽はゆっくりとしたスピードで沈んでゆく。
太陽光は山の陰の青々しい色と雲が折り重なって、赤むらさき色のもやを作り出していた。神秘的な風景だった。

オーロラが一番の目玉と考えていた僕がいかに恐ろしい考えかもしれないと思った。
アイスランドの自然の風景は名所やオーロラだけではない事をこれが示していた。