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2012/11/13

See You Again アイスランド


アイスランドは本当に良い国だ、最後に来るべきだったかもしれない。そんな事を思ってしまう。

最後の3日間はレイキャビクをのんびり過ごした。Reykjavik Residence Apartmentsという普段なら値段の高い宿に泊まったが、セールで半額以下になっていた。奇麗な部屋には簡単なキッチンもある。アイスランドはレストランも充実しているが日本食は寿司しかない。どうしても他の日本食が食べたくなったので、トンカツを揚げてみる事にした。

パン粉と豚肉を買ってきてなんとかできないかやってみた。豚肉はロースよりバラのような場所の方が色が良いので買った。どうやら無菌豚らしい。この豚は初めてで、半生でも大丈夫だと言うがどうだろう。塩こしょうをしたあと溶き卵につけ、揚げ物用の鍋が無いのでフライパンで揚げた。

うーんなんともなつかしい匂いだ、トンカツの揚がる匂いだけで感動した。ご飯はタイ米風の細めのもを炊き、キャベツの千切りとみそ汁を用意して準備完了。とんかつソースを持ってきてくれたマミちゃんも誘って3人でトンカツをほおばった。

我ながら信じられないくらいおいしかった。久々のトンカツと言う事もあるのか、豚が良いものなのかソースがうまいのかわからないが、とにかくうまかった。。。




シバノさんがその後きてくれて今度は丼にしてみた。





喜んでもらえて嬉しかった。調子に乗った僕はアイスランドで日本人による日本食料理店が無いので、いつか定食屋をレイキャビクで出店するという野望を抱いたのだった。






翌日はトマトケチャップを買い、ナポリタンと昨日余ったカツでカツサンドを作った。うまくて泣きそうだった。やっぱりこの日本の味は体が忘れられないんだな。









そしてレイキャビク最後の夜がやってきてしまった。マミちゃんのお家でラムパーティをすることになった、シバノさんとマイさんも来て最後のアイスランドの夜を過ごした。










大きいラム肉のオーブン焼き。とてつもないおいしさでした。本当にありがとう。





やっぱり赤ワインがいい。



マイさんの差し入れの切り干し大根とサーモンの刺身と日本米。これもまた感動しました。切り干し大根だけでご飯が2〜3杯いけるんじゃないかと思ったほどおいしかった。









記念撮影、また再会したい。






アイスランドがここまで良いと、他の国に行くのが嫌になってしまう。実際、今アイスランドホームシックになっている。本当にここに来てよかったと、そしてこの国を知ってよかったと心底思う。他の国をぐるっと回ったが、ここまで感動の多い国は絶対ないと思う。この旅始まって以来、達成感を感じてしまった。


折り返し地点は過ぎ、ここから南へさらに東へ移動し日本に戻る。アイスランドのショックは僕にとってよほど大きいものだったようだ。もう4回も来ているのにまた感動してしまうアイスランドは一体何なんだろう。






翌朝9時にバスでレイキャビクを発ち、ケフラヴィーク空港からスカンジナビア航空のオスロ行きが滑走路から飛び立った瞬間。悲しくなった。





アイスランドの今回の思い出は一生に残る事が多すぎた。誕生日をアイスランドで迎えた事、日本人の友人たちとの出会い、赤いジープでアイスランドを一周、さまざまな景色に感動さまざまな危険に恐怖、身に浸みるような寒さと風、ゆらゆらとゆらめくオーロラ、ヨンシーとのトイレでの出会い、そして彼らの圧巻のステージ。


だが、しばらくは戻れない。次にくる時はもっと他の目的で来たいと思う。もう一生ここにいられるような。そんな夢を想像しながら、アイスランドを去りたくないが去った。








オスロは真っ暗だった。



辺り一面雪景色で、空港の周りに泊まるも、周辺には何も無かった。ただ、飛行機の轟音が聞こえ、雪が積もっていた。アイスランドの事を思うと懐かしく感じた。

まずい冷凍のピザをくわえながら。。。

2012/11/09

Iceland Airwaves (後半:Sigur Rósとか)



Iceland Airwavesも土曜日となり後半に差し掛かってきた。レイキャビークの街は相変わらず突風が吹き荒れ、寒さは乾燥しているせいで凍えるほどではないものの寒いものは寒い。








この日の昼間は写真家のシバノさんと絢子さんと3人でハルパのオフべニューに行った。
オフベニューでは若手バンドなどが出演していた。ハルパの建築デザインは素晴らしいと思う、菱形や平行四辺形のガラスがいくつも折り重なって構成されている。内側からも外側からも楽しめるデザインだ。

オフベニュー会場はハルパの4階の踊り場のバーで行われていた。お客さんの数は多くても100人くらいが限界のキャパか。ちょうどアメリカの"Ghost Town Jenny"がやっていた。2組目の''Úlfur ''はシーケンサーをたくさん使っていて面白かった。お客さんのなかにはSigur Rós(シガーロス)のJónsi(ヨンシー)の姿も。










ライブが終わり次のバンドまで待っている間、僕はトイレに行きたくなった。この尿意には我ながら感謝したい。なぜなら、、、

トイレに行き当然のように小便器前に立つ。用を足す。
そして、故障した便器を挟み男性が隣に立つ。ふと隣をみると、その男性はヨンシーだった。隣同士という偶然に驚きを隠せない僕。

軽く挨拶すると、やさしく返事をしてくれた。


洗面台にはヨンシーの彼氏の姿もあった。
こちらにも僕と彼らには全く接点がない赤の他人だが軽く会釈をすると、にこやかに笑ってくれた。

ヨンシーが用を足した後、トイレ内で彼らと固く握手をしてくれた。
「明日見に行き来ます」と言うと。
「ありがとう、日本から?」と訊かれた。


会話はそれだけだったがとても嬉しい、これだけでもここに来たかいがあったと思った。

トイレなんかで声をかけた事をここで謝りたいと思う。




Jonsi&Alexに別れを告げ、握手の余韻に浸りながらその夜はメインであるDirty Projectorsを見に行った。







翌日は最終日だが、オフベニューや公式ライブもSigur Rós以外は特に見たいものもなかったので、マイさんとしゃれたカフェも併設しているホステルのKEXにアウスゲイルのライブを見に行った。
信じられないほど人口密度が高く、アイスランドの若者が凝縮されたような空間だった。


後ろの方のステージが見えない人たちは椅子に立ってライブを見ていた。





夜になり、Sigur Rósの会場の体育館へと向かう。体育館といっても中は非常に奇麗で、僕の好きな幕張メッセがこんじまりしたような空間であり快適だった。

すでに多くの人がライブを待っていた。
床は絨毯のようなものが敷かれていたので端のほうではみんな寝っ転びながら待っている、僕はなぜか疲れていたのでそこでいびきをかきながら寝入ってしまった。


Sigur Rósのライブは20時からの予定だったが、遅れてスタートしたようだった。

会場が真っ暗になる。
ステージ3方向に布が掛かっており、そこに映像が投射されていた。檻のようなこのステージは3曲目が終わると布が落ち、Sigur Rósのメンバーやサポートメンバーたちがはっきり見えるようになった。''Svefn-g-englar''は感動のあまり涙が出た。

ステージ上のヨンシーは昨日トイレで僕と握手したヨンシーとは全く違う人物のように見えた。





僕らのいる方は人があまりいなかったのでステージ向かって左側の前の方まで行ってみると、なんとステージは真横からでも見れるようになっていた。そこから写真を撮る。

Sigur Rósとの出会いは2005年のフジロックに遡るが僕はまだその頃はアイスランドといえばBjórkくらいだった。あの時はアイスランドに初めて来た後で、心底感動したのが懐かしい。

2005年に初めての海外旅行でアイスランドに来た時はほとんど何もできなかったし、まだレイキャビークも今のようなアートな文化は小さかったし今より随分と寂しかった気がする。
だが、確かに他には無い何かはあった。その経験があるから今ここにいるいるんだなあと、彼らの演奏を聴きながら思った。





"Í Gær""Viðrar Vel Til Loftárása""Vaka""Glósóli"名曲のオンパレードに新曲もやった。


Sigur Rós @Laigardalshöllin,Reykjavik
1.Í Gær
2.Vaka
3.Ný Batterí
4.Svefn-g-englar
5.Sæglópur
6.Viðrar Vel Til Loftárása
7.Hoppípolla
8.Með Blóðnasir
9.Olsen Olsen
10.Glósóli
11.Festival
12.Varúð
13.Hafsól
encore
14.Ekki Múkk
15.Brennisteinn(new song first play)
16.Popplagið


9月にイギリスのBestivalで見た時より、比べ物にならないくらい良かった。やはり野外フェスティバルというのはたくさんのミュージシャンが見れる事が利点だが、良いパフォーマンスが見れるかといとメインアクト以外はそうではないと思う。細かい事を言うと天候、音響、準備不足などが挙げられる。

Bestivalのことは置いといてIceland Airwavesを通して参加して思った事は、ステージがオフベニュー含め街中にいくつもあり、カフェやバーなどでライブが楽しめるという点は面白いと思うし斬新だと思う。アーティストも偏りが無くアイスランドの様々なミュージシャンが見れるのもよい。外国のミュージシャンはまだ数が多くなく割と名前の知られていないバンドが目に付くがそこは仕方が無いだろうし、これからもビッグネームを呼ぶような大型フェスティバルでなくても良いと思う。
だが天候の安定しないアイスランドで外で待つ事になったりした時はつらい思いをするだろうし、アクセスも大抵のフェスティバルとは違うのでかなり歩く事もある。会場もまだまだ発展途上なフェスティバルということもあり、キャパシティにやや問題がある気がする。

だが、遠いアイスランドのフェスに来るというのは大変な事だが、(着いてからも大変だが)来たかいはきっとあると思う。運が良ければ街からオーロラも見えるしトイレでヨンシーに会えるかもしれない。








エアウェイブスで完全燃焼できた僕らは、アイスランド滞在も残す所3日のみとなっていた。

2012/11/07

Iceland Airwaves (前半)



レイキャビークに戻ってきてまずやった事は、アイスランド大学で日本語教師をしているマミちゃんの授業のゲストとして授業に参加した事だった。

シバノさんと絢子さんと僕はネイティブの日本人という事で、自己紹介や簡単なクイズを2年生のクラスと1年生のクラスにそれぞれ参加した。最初は2年生の子たちだったのだが、彼らは驚く事にもうかなり日本語を理解する事ができ、20人くらいの学生全員が奇麗な発音で自己紹介ができたことには3人は驚きを隠せなかった。

日本に興味があり、ゆくゆくは彼らの多くが日本に留学するのだという。日本に来たときにはまた再会したいものだ。

続く1年生の授業はまだうまく日本語を喋る事ができない学生が多いなか3つのグループに別れ、学生たちの自己紹介を聞いた。



1年生のクラス







その翌日からアイスランドで最も大きい音楽フェスティバルであるIceland Airwavesが始まった。



会場も無料で入れるオフベニューと公式のステージを合わせて大小20くらいのステージがあり、大きいホールが3つほどあるHarpa(ハルパ)やライブハウス、クラブ、CDショップ、本屋などで展開されるフェスだ。無料で入れるオフベニューでも時間は少ないもののわりとしっかりしたライブをやってくれる。






街を歩いていると、雑貨屋のショーウィンドウにかわいい電飾の置物がおいてあった。絢子さんは気に入って購入した。どうやらアイスランド人が手がけたブランドらしく、まだ日本には来ていないだろう。ほかのものもかわいらしいグッズがいくつもあったので、また買いに行きたいと思う。











洗濯物を洗いに行った絢子氏が、オーロラがすごく出てると興奮気味に戻ってきた。急いで外に出ると、これまで見た事の無いくらい明るく大きいオーロラがふわふわと空に浮かんでいた。最初は外のあちこちで出ていて、いろんな方角にオーロラがいた。オーロラはすぐに形を変えたり大きくなったり小さくなったりを繰り返しだんだんと薄くなっていった。この日のレイキャビークは台風並みの風とともにとてつもなく寒く、外にちょっともいる事ができないくらいだったが、この時こそは我慢して空を見上げたものだった。レイキャビークのオーロラに感謝した。












翌日もエアウェイブス。この日はカナダのDoldrumsが良かった。

機材のコードが絡みすぎていたのが気になったが、彼はあまり気にしていなかった。







風は前の日より強くなり、普通に歩く事ができなくなっていた。転倒などで救急車で何人も運ばれたという。


翌日は思いもしない出会いがあった。。。
エアウェイブスは後半へと続きます。

2012/11/04

Ísafjörður~Grundarfjörður~Reykjavik

イーサフィヨルズルを出た。


相変わらず気温は寒いが凍えるほどではなかった。
車にエンジンをかけ、ネットでメールのチェックをする。そう、ここのゲストハウスはなぜかWi-Fiが隣の家の別館にモデムがあるらしく外の方がつながりやすい、その建物は夏季限定の建物で入れないから外でネットをする。なんとも不思議な光景だ。


この日は来た道を戻って南下する方法もあったのだが、まだ通ってない道を走りたかったので山を2つ3つ超えるルートを選んだ。道路情報のサイトで、走る予定の道を調べるとある一部の道が''Extremely Iced''(非常に凍っている)部分があるらしい、いままではスリップしやすい、や積雪の文字はあったものの、この表現は初めてだ。だが、我々の相棒は赤い四駆のジープ。ちょっとやそこらじゃ滑ったりしないだろうと甘く見ていたし、アイスランドをもう4分の3くらい走って、砂利道、凍結路や様々な道を走ってきていたので、これ以上の危険な道はないのだろうと安直な気持ちだった。


しばらく走るとトンネルが現れる。なんとトンネルの内部で、1車線になる。時たますれ違いできるスペースがいくつかあった。







 山を1つ越え、また山越え。路面もだんだん凍ってきているのがわかるであろうか。








山の頂上から来た道を望む。





この先は当然の事ながら、下りだ。だが日陰より日向に入った瞬間から道がつるつるに凍っている事に気付く。






これはまずい。もしこんな所で滑ったら、谷底に落ちて気付かれずそのまま死んでしまうかもしれない。ガードレールが肝心な所でない事に怒りを覚える。

いくつかのカーブを超えた後、それは起こった。


四駆モードでも滑るのは覚悟していた。速度制限も20km/hという標識が見えたが、これは凍っていなくても20km/hということだ。僕は10km/hくらいに落とすが急勾配と急カーブの連続でギアをローに落としてもやはりブレーキが必要だ。当然対向車なんていない、この事はすれ違いをしなくても良いと言う意味で幸いなのか、もし転落したら不幸なのかどちらか僕には判断できかねた。



次の瞬間ブレーキをゆっくり踏むと「ガーーー、ガーーー」


滑ってる。

ブレーキがほとんど利かない、そのまま車は滑ろうとしはじめる。どうやら赤いジープの方はもう諦めていたみたいだった。僕はそのまま滑って転落することを覚悟した。絢子さんを落ち着かせるために、
「落ち着いて、大丈夫だから。絶対大丈夫」

と、逆に不安にさせる事くらいしかできなかった。
彼女はこれを聞いて本当の危機なのだと悟ったという。

路面はアスファルトでない事が幸いし、わずかに土が露出している所がありそこでブレーキを踏んだ。

「ググッ」

ブレーキが利いた。。。

ふう。


だが、まだまだ難関はあった


完全に凍りついていた。先ほどの教訓を生かし、ほとんど止まっている状態のスピードで走る。標高はようやく300m下回った。フィヨルドの山の頂上付近はだいたい600くらいで400mくらいから凍った道が増えるのだ。








そして、死の山越えから脱出したのであった。だが、ぬかるんだ道も危険がいっぱいでこれからも過酷な道のりが続く。

ふと海辺を見ると。野生のアザラシだった。


その後は先の事件により集中力を使い過ぎ、目が非常に疲れた。Grundarfjörðurについてオーロラハントをするが雲が多く、さらに風が台風なみに吹いていたので諦めた、近くにある特徴的な形のフィヨルドの大きさにもかなり恐怖に感じた。







白い馬が道を塞ぐ



翌日、首都でありスタート地点のReykjavik(レイキャビーク)にいよいよ戻ることになった。
最後の200kmの道のりは非常にイージーでいままでのハードな道のりに比べると精神的にも楽であった。

アイスランド唯一の有料道路も通った。


そして、ついにレイキャビークに帰ってきた。

車はもう泥だらけだったが、ボコボコでなくてよかった。
アイスランド一周は非常に良い経験となった。景色や地球の本当の表情などが垣間みれた反面、危険がたくさんあったことも事実だが。夏場はもっと楽に1周できるのではないかと思う。もし、アイスランド1周を計画している人がいるならばホステルなども融通のきく夏場を勧めようと思う。


そしてエアウェイブス(音楽フェスティバル)が翌週から始まるのであった。

2012/10/30

Seyðisfjörður~Akureyri~Ísafjörður


アイスランド東部の街Seyðisfjörður(セイジスフィヨルズル)を後にした。目的地はアイスランド第二の都市であり北部では最大のAkureyri(アークレイリ)だ。この先は平坦な道のりではないだろうし、ほとんどが雪道だろう。慎重に運転するのを心がけ、出発した。





山間部はやはり雪が多い。滑るほどではないが、スピードを出しすぎると危ない。

数時間走り、昼過ぎに(Mývatn)ミーヴァトン湖にたどり着く。硫黄の匂いが漂う火山湖だ。休憩もかねて、以前から注目していた場所に行く事にした。Myvatn Nature Bathと言われる、南部にあるブルーラグーンのような露天風呂施設だ。
早速入る事にしたが、外は−5℃という東京出身の僕には信じがたい気温だ。男女混浴であるため、スイミングウェア着用が義務づけられている。そんなことより寒い。体がしびれるくらい寒い。外に置いてある椅子やテーブルは凍っており、見るだけで寒気が走る。

すぐにサウナの小屋へ逃げる。体が温まってから、いざ広大な浴場へと挑んだ。









あったか〜い
 しかも青い!ものすごく奇麗だ。
 ブルーラグーンに比べるとこじんまりしているが人が少なく温泉は奇麗だった。なんといっても硫黄の匂いが体をリラックスさせる。大きい所は場所によって温度にばらつきがあるが、35~40℃くらい、下の桶のような所は42℃くらいと熱いくらいだった。




温泉を後にして、近くにある火山へと向かった。
衝撃的な姿だった。こんなにぬめっとしていて、人が作ったのではないかと思うような形の山を見た事が無かったし、その大きさといい。まるで宇宙人の基地のような。。。




登ってみる事にした。山のふもとは温度が0℃くらいで余裕だと思ったが、頂上は15分くらいで着いたのだが、凍えるような強い風が吹いており、人間の来る場所ではないと悟った。




さらに2時間ほどで今日の目的地、 北部最大のアークレイリが見えてきた。我々の宿はアークレイリから10km位離れた人がほとんどいないエリアで、探すのが大変だった。ナビも詳細の場所がわからないようだし、2往復くらいその付近をうろついてもわからない。結局電話して、小さい青い看板に名前が書いてあると言われ、それに従い宿にたどり着いたのだ。

アークレイリの町並み。宿から。


宿についたが、人が誰もいない。(当然だとは思ったが)
その集落は3つの建物があり、ひとつはどうやら民家、もう2つがゲストハウスなのだと思い、電気が灯っている方へ車を移動した。車から降りて建物の中に人がいるか確認したとき事件は起きた。

タイル張りのやや傾斜のある駐車場なのだが、スケートリンクのように凍っているではないか。我々は車から降りるとすぐに滑って、慌てふためいた。こりゃダメだと思い車に戻ろうとすると、車にしがみついていた絢子氏と車が一緒にツルツルと滑り始めたのだ。

2人に緊張が走った。




駐車場にはもう1台白いバンが近くに停まっており、どう考えても僕らの赤いジープが滑る方向にある。

やばい。本当にヤバいと思い、僕はちょうど右側にいたので絢子氏にハンドルを握らせる。


が、車はコントロールを完全に失っていた。ゆっくりと白いバンに向かって滑る赤いジープ。僕が右側から運転席に移動し、絢子氏を後部座席に移動させた。
ググッという音とともにようやくバックができた。

ふうううう。

二人ともしばらく緊張の糸がほどけなかった。


翌日は北西部のイーサフィヨルズルまで約550km移動した。長い道のりだったし、フィヨルド地帯に入ると過酷な道だった。最初はオフロードもなんなくクリアしていったのだが、雨や雪でぬかるんでいるため、時折滑った。




北西部のフィヨルド地帯に入ると道は海岸に沿って南北を行ったり来たりする。10kmほど離れた先が見えるのもこの地形のおかげだ。フィヨルドの間に橋やトンネルがあるところもあるが、ほとんどないのでものすごい時間が掛かる。それも楽しみの一つかもしれない。



そしてイーサフィヨルズル。残念ながら、天候が悪くオーロラは見えなかったが、ゲストハウスで焼いて食べたサーモンがおいしかった。


翌日アイスランド一周最後の街に選んだのはGrundarfjörður(グルンダルフィヨルズル)である。だが、この翌日に最大の恐怖が待っていたのだった。

2012/10/28

Höfn~Seyðisfjörður





Höfnを出発してこの日はアイスランド東部の奥地Seyðisfjörður(セイジスフィヨルズル)に向かった。今回は道のりがかなりハードで、砂利道、凍結路、崖っぷちと恐怖を感じる箇所がいくつもあった。相変わらずの圧倒的な景色は健在だが。





崖っぷちゾーン、肝を冷やすような道であった。


国道1号線はアイスランドで最も重要な国道で、島内1周を1339km掛けて一周するのだが、国道とは言うものの、砂利道や凍結は当然、橋では1車線(ゆずり合い式)だったり、羊が道を通過したりと危険が多い道だ。

南部は比較的緩やかな道が多かったが、東部を海岸から山間部へ移ったときに一気に景色が変わった。









ほとんど対向車がこないので、道の真ん中を走るのが吉。

峠で次の街が微かに見えてきた。ここはさすがに寒かった。車の温度計は-10℃を指していた。

山小屋か休憩所か


東部最大の街Egilsstaðir(エイイルスタジル)についた。
僕らの今夜の目的地はセイジスフィヨルズルなのでここからさらに山を越え、30kmほどある。ちょうどアイスランドではおなじみのスーパーBONUS(ボーナス)があったので夕飯の買い物をした。



買い物も終わり、車に乗り込み次の街へ向け山越えを果たす。
途中の峠からやはり街が見えた、あれがSeyðisfjörður(セイジスフィヨルズル)だ。




かなり慎重に運転し、すべらないように4WDモードにして走行した。

街に着き、ユースホステルを見つけたのだが、いつものように留守であった。街を徘徊し、割と大きいホステルを見つけた。

POST HOSTELと言う名前だ。中に入るとやっぱり管理人の姿は無く電話で交渉する。
「明日君らが出る時にお金を取りにくる、部屋は206に泊まってくれ」と言う。なんと自由なゲストハウスだこと。これじゃあ30人くらい一緒の部屋に泊まってもわからないな。




夕飯は焼きそばにした。麺はアムステルダムで購入、野菜、肉はアイスランドのもの。




夜になり、オーロラハントに出掛けた。
山道を登り、北側の空に注意する。すると、小さいがもやもやと光る物体があるではないか。オーロラだ。

我々は興奮し峠に移動するが、急に雲が増えてきて見えなくなってしまった。しばらく待つもののやはり出てこない。逆の街側には月明かりで凍った湖が反射していた。

UFOが降り立つようなこの風景は何とも信じがたい現象であった。


寒さの中部屋へ戻り、ベッドに入り込み気がつくとセイジスフィヨルズルの朝を迎えた。