2018/12/31

平野浩一の2018年ベストアルバム




こんにちは、今年も高野渡くんのブログにお邪魔しております。

さてベストアルバム、去年の15枚から少し増やして20枚選びました。
ストリーミング時代ということもあって、多くのアーティストがアルバムよりもシングルのほうに注力していることもあり、去年に比べるとなんだか不作の印象がありました。良いシングルはいっぱいあるのになかなかアルバムは出してくれないという。

良い傾向としては、ここ数年で個性的なインディペンデント系の楽器メーカーがだいぶ増えてきており、ファッションなど、他のカルチャーとのクロスオーバーがあちこちで見られること。
そういった小規模なメーカーがフェスでもワークショップを開いたりというのも目立ってきました。もしかしたらフェスの在り方も、よりお客さんが参加していけるようにシフトしていくことになるのかもしれません。
それからアーティストによるフェスの運営やキュレーション。これも以前より増えてきており、そこで活発に行われるコラボレーションなど、通常のフェスではあまり見られない特別な場面に遭遇することができます。これは乱立するフェス同士や単独公演との差別化など、アーティストがフェスにエントリーするメリットが増える意味でも良い傾向かと思います。

ただしそうした状況にあっても、音楽を作りながら生活をしていくという環境は日々厳しさを増しており、しきりにその部分に言及しているアーティストも少なくありません。このランキング内のアーティストも例外でなく、音楽以外の仕事をしていたりも。もちろんしっかりメイクマニーしてるアーティストもいるけども。
そうした状況下でもこうして素晴らしい作品を届けてくれることに感謝し、またその創作意欲には本当に尊敬の念を抱いています。見習いたい。

では、素晴らしいアーティストたちの偉業をわざわざ言葉で説明して無理やり文脈作って悦に入る愚行は去年と変わらずです。どうぞ。





#20
Lubomyr Melnyk
Fallen Trees
-Erased Tapes (UK)
個人的にこの1年ほどピアノ弾きたい欲が満載なのに、手元にピアノがないので楽器屋に行ってこっそり小さい音でピロピロやったり、大好きなOtto A Totlandを風呂で聴きながらエアピアノをやってるわけですが、そんな師走にErased Tapesからのニュースレーターで知ったのはウクライナ出身のピアニスト、ルボミール・メルニク。
そのお知らせの満を辞した感に、これは間違いないぞという直感が働いたので早速聴いてると、やはり間違いなかった。
素晴らしい。
この12月で70歳を迎えるという彼の重層的なレイヤーの中に万華鏡のようなメロディー織り交ぜられ、それはもう時に東洋の弦楽器のようなすすり泣き感。
あまりの手数の多さはまるでスティーブ・ライヒから明滅性を除いたような滑らかさで、その向こうから聴こえてくる弦のザラつきはErased Tapesらしい響きであり、倍音たっぷりのジュワッとした水々しさを携えている。
そして憂いのあるメロディーは入り乱れる鍵盤の響きに優しく吸い込まれるように鳴っており、過度に郷愁を誘わない。それはきっと彼のピアノへの愛と優しさ、ずっと触れていたいという気持ちがその奏法にあまりにも滲み出ているからだろう。
前途のOtto A Totlandや坂本龍一のAsync、ニューヨークのBing & Ruthなど様々な年代のアーティストが、平均律のための楽器とも言えるピアノを用いたアンビエントの可能性を提示するような作品を残してくれているが、そんな時代ゆえの結びつきが彼を発見させてくれたのかもと思うとこれほど嬉しいことはない。
しかししかし、1214日の発売でこれを書いてるのが18日なんで、なにしろ聴き込みが足りず、来年以降聴き込みそうということで滑り込みランクインの20位。



#19
Thom Yorke
Suspiria
-XL Recordings (UK)
Call Me By Your Name”を監督したルカ・グァダニーノの最新作である”Susperia”は77年に公開されたカルトホラーのリメイクとなり、その音楽監修をサントラ初挑戦のトム・ヨークが務めている。
Radioheadの”Climbing Up The Walls”などで描かれているように、人の狂気は彼にとっての重要なインスピレーション元なのはもうお馴染みで、まさにうってつけのオファー。
映画のサウンドトラックという視点で語るなら、その真価は映画を観てはじめて分かることで、そういった意味で本作はその全貌をまだ露わにしていないが(映画は125日公開予定)、そんな中で聴いていることもあって、どうしても”画”を想像しながらということになってくる。それでも本作にはその狂気と隣り合わせの悲哀、そしてまた癒しみたいなものがムードとして存在しているように感じる。
お経を聞くことによって悲しみが癒されたり免疫力にも好影響を与えるという研究結果を、つい最近東北大が発表したが、お経に通ずるような反復、まさにクラウトロックからのインスピレーションをトム・ヨーク本人が語っているが、まるで就寝前に子供の頭を撫でる親のようにこちらを落ち着かせようとするような瞬間もあれば、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラを大々的にフィーチャーし、広いダイナミックレンジで不安を掻き立て、またあるときは手元にある小物やモジュラーシンセを使った彼の自由な実験をそのまま収録したりと、そのどれもが、丁寧に狂気を紐解こうとしているようだ。
曲順からして序盤に流れるであろう”Susperium”にこんなラインがある。
All is well, as long as we keep spinning.
僕たちが紡ぎ続ける限りうまくいくよ”
それはRadioheadの”Videotape”のような、無理やりポジティブでいようとしているけど決して絶望していないというフィーリングで、彼の普段の言動からしてもちろんポリティックな方向にも当てはめようと思えばできるけど、つまるところどんなに酷いことが起こっても諦めることを”僕は”しないというメッセージとして響いているように思える。
そうです。諦めこそが悪。悪なんです。新元号なんか心底どうでもいいんで、ネバーギブアップで2019年頑張りましょう!
ということで見事19位に滑り込んだ。



#18
Janelle Monàe
Dirty Computer
-Bad Boy Records (US)
個人的には今までは彼女の音楽活動よりも、映画ムーンライトで彼女が演じたテレサの見せる、主人公を優しく見守るあの目線に鼻の下を伸ばしていたわけだが、本作を聴いてるとき僕のパートナーが、「これってほぼセックスのことしか歌ってないけどわかる?」と言われ調べてみるとそれはもうクレバーでオープンなセックス賛歌集であった。
2曲目の”Crazy, Classic, Life”ではまるで前置きのように、ただ自由で寛容でいたいだけというメッセージを伝え、続く”Take A Byte”から濃厚な官能世界を展開する。
グライムスが参加した”Pynk”の痛快なMV、終盤の”So Afraid”ではクィアが人を愛することの恐怖を歌ったりもしている。
そんな本作に通底するムードは、この世界で自分らしく生きることを恐れる必要なんてないこと、そしてまるでテレサのような優しさを携えながらそんな世界にみんなを迎え入れようとする彼女のユーモラスな官能だ。
そしてなにより圧倒的にポップだ。
プリンスと共同作業をする予定もあったという本作の圧倒的なポップさが支えるその世界は、誰に恥じることなくオープンでいられる風通しの良さを見せる。
それは崖の上からあなたを助けようと差し伸べられる強靭な腕っぷしでもなく、シャイなあなたの背中を強く押すありがた迷惑でもない。
ただそこには自由な世界がある。”普通”の人などいない。

あらゆる金脈を根こそぎ漁りつくした旧来の男性的なフロンティア精神が残したのは、皮肉にもただただ我々がクレイジーになれる場所だった。
と、言えるような世界を作ろうじゃありませんか。
そんないまを生きる我々、開拓者にとっての”Finest Worksong”。
もう1位にしたいぐらい素晴らしい傑作だが、後進国日本ではまだまだ18禁だろうということで18位にランクイン。



#17
Aqueduct Ensemble
Improvisations on an Apricot
-Last Resort Records(UK)
イギリスのNTSラジオから派生したという新興レーベルであるLast Resort Recordsからリリースされた本作はオハイオ在住のKeith Ftrundと、彼によるユニットであるLejsovka & Freundの作品のためにピアノを調律していたStuを中心に、様々なミュージシャンが参加して製作された。
Stuによるピアノの即興演奏を軸としてそこに環境音やパーカッション、管楽器を加えていくようなエディット感強めの作風で、ECMレーベルのような音を目指したらしいが、時折垣間見えるピアノの物悲しさとエレクトロニカ寄りのスパークした電子音のバランスが素晴らしく、インプロのセッションではあまり発生し得ないような種類の柔らかい間によって、それはもう良心の塊みたいなムードを獲得している。

レコーディング自体は2016年から2017年にかけて行われ、途中トランプ再選を発端とするネオファシズムの台頭に心を痛め、制作を中断することもあったそう。
「作品から発せられるその溢れる良心によって再び2017年の悲劇を思い出してしまったよ、どうしてくれんだい!」というヤフコメ的な角度からの17位。



#16
Jonny Greenwood
You Were Never Really Here (Original Motion Picture Soundtrack)
-Lakeshore Records (US)
エカテリーナ・サムソノフの演じるヒロイン、ニーナによる劇中最後のセリフ”Its a beautiful day”がそのまま邦題となった映画”You Were Never Really Here”のサウンドトラック。監督はリン・ラムジー、音楽をジョニー・グリーンウッドが担当している。

今までの彼のサントラ仕事の中では2014年の"Inherent Vice"なんかがお気に入りなので、同じく今年リリースされた”Phantom Thread"の静謐さよりも、ホアキン・フェニックス演じるジョーの脂っこさを騒がしく助長した本作に軍配。
2曲目の”Sandys Neckless”は、かつて”Microtonal Shaker”という曲名で7人編成のミニオーケストラを従えたソロライブで何度か演奏されており、久々にMAX / MSPのパッチを使ったお下劣エフェクトが登場。パーカッシブなオーケストラと共に、下手ウマというか下手でしかないブリッジミュートでのパーカッシブなギタープレイや、Radioheadの”King of Limbs”以降お気に入りの、RE-20のタップテンポディレイを使ったプレイなど、本人の演奏が所々でさりげなくフィーチャーされている。
サントラで聴くと大人しい”Dark Streets”は、劇場の音響だと一転してジョーの生々しい怒りと焦燥感を抑圧的に増幅させることに成功しており、劇中で執拗に何度も使われているのも良い。
得意の不穏なストリングスアレンジとシンセの発振、ハープシコードを無理やり組み合わせた“Ywnrh”や、生楽器バージョンの”Dark Streets (Reprise)”をはじめ、彼が手がける他の作品よりもパーカッシブな曲の多さが異彩を放っている。
そしてクロージングは、1曲目の”Tree Synthesisers”と同じスコアであろう”Tree Strings”が、この世から取り残されたようにダイナーで食事をとる主人公二人を、優しく包むような浮遊感で演出する。

パーカッシブでエモーショナルで恍惚としたグロテスク。
トム・ヨークにサントラ先輩の実力を見せつける堂々の16位。

ところでこのランキング、ここまで”優しさ”みたいな言葉がやけに多いことに気がついた。優しさが足りてないんでしょうか?



#15
Kali Malone
Cast of Mind
-Hallow Ground (CH)
Buchla 200というモジュラーシンセを操る彼女は、アメリカ出身でストックホルム在住の24歳。
本作はスイスのレーベルHallow Groundからのリリースとなっている。
4人の管楽奏者によるアコースティックドローンであるタイトルトラックの”Cast of Mind”で始まる本作は、次の”Bondage To Formula”から彼女のBuchla 200と管楽器が絡み始め、アルバム後半はエクスペリメンタルなシンセのノイズに包まれていく。どうやら、管楽器をBuchla 200に通している音らしいが詳細はわからず。

もっとも大きな特徴は、アルバムを通して厳密に統制のとれたイコライジングで、テトリスの名人芸のように、緻密に埋められた空間を見ることができる。
いかに一つ一つの音の波形が埋もれず損なわれず録音物として収めることができるかというところに、かなり注力している様子が伺えるので、これは是非ハイレゾ音源で聴くことをおすすめしたい(日本で彼女のハイレゾは取り扱っているところがないのでご注意を)。

彼女が発表している2018年のランキングも興味深い(もはや彼女個人の良かった瞬間ランキングだが)
#1 : Free The Land research trip to Owens Lake Dust Mitigation Site
#2 : Tuning the pipe organ with Ellen Arkbro then hearing her play it live in Haga Church
#3 : Caterina Barbieri / live at The Glove & the Wyoming road trip
#4 : Zach Rowden / live at Fylkingen
#5 : Caterina Barbieri & Eleh / Split 

新進気鋭のドローンアーティストが、ジョニー・グリーンウッドからまさかの大金星をもぎ取っての15位。



#14
Mouse On Mars
Dimensional People
Thrill Jockey (GE)
ジャスティン・バーノン(Bon Iver)、ザック・コンドン(Beirut)、スパンク・ロック、アーロン・デスナー(The National)、ブライス・デスナー(The National)、スワンプ・ドッグ、エリック・D・クラーク、リサ・ハンニガン、アマンダ・ブランク、サム・アミドン、アンサンブル・ミュージックファブリック。
本作に参加したゲストミュージシャンの一部だ。
その他の客演を含めると、総勢50名にも登るというもはやMouse On Mars名義のコンピレーションアルバムとも言える本作は彼らの6年ぶりのフルアルバムとなる。
個人的にはMouse On Marsと言えば、ビートプロセッシングで全面的に参加したThe Nationalの”Sleep Well Beast”での仕事が記憶に新しい。どこか奥行きを欠いたベタッとしたビートだが、それが不思議とアルバムに瑞々しさを与えていた印象があった。
そして、2017年にコペンハーゲンで行われたHaven Festival(The Nationalのデスナー兄弟がキュレーションを担当)での、特にクロージングパーティでの彼らの演奏は今思えばまさに本作を示唆するような内容で、矢継ぎ早にフェスの出演者達が登場し、フリーインプロを展開。
そのステージの中央で、出演者達を従えるようにヒプノティックなビートメイクに勤しんでいたのが彼らだった。

本作では、とにかく冒頭の"Dimensional People Part "から最後の"Sidney In A Cup"まで次々と入り乱れるように、古今東西の弦楽器、管楽器、鍵盤、声と、多様なスタイルと楽器をミックスしたアンサンブルがノンストップで続いていく。
スマートフォンアプリの"Elastic Drums"など、自分たちで独自に開発したアプリや楽器も使い、まるで仲間たちを集めて宴に興じているような様子は、MOMという村の部族が開催している祭りの一部始終を見せられているようだが、もちろんそこに閉塞感などありはしない。
どこか2009年のチャリティコンピレーション"Dark Was The Night"とそのドキュメンタリー映像を思い起こさせる空気感もある。

来るもの拒まず。
排他的思想は皆無。
もしかしたらいつか禁止されるかもしれないほどの自由極まりないその祭りを、クソみたいな部活動に大量の時間を無駄に費やしていた14歳の自分に聴かせてあげたい14位。



#13
Tim Hecker
Konoyo
-Kranky (US)
このところアンビエント/ノイズ界隈のミュージシャンの間で、""の響きが注目されてるという。なんでも、その独特の響きとノイズの相性がすこぶる良いとか。

東京楽所という雅楽グループと共に都内の寺を使ってレコーディングされた本作は、密室的でもなく、壮大な広がりを見せるわけでもない、微妙な奥行きのある響きをもった作品だ。
それは何というか、完全な真っ暗闇の空間で、所々に点在する小さな壁がその場所を刻々と変えていて、こちらはただ自分の居場所を確認するために声を出し続けていて、自分の発したはずの声はいくつかの壁の反響を含みながら、やがてノイズとなって身の回りを包むが、実はそれは自分だけの声ではなく、その空間にはそうやって自らの居場所を確かめようとする挙動が無数にあることに気づく。
時々聞こえてくる低いうめきのような声が腹部から下に響き、かろうじて平衡感覚を知らせるが、またノイズがぬるま湯のように心地よく全身を浸していく。

前作”Love Stream”には、今生きている現実の世界を高速で移動していくような性急さがあったが、本作は”移動”という概念そのものが存在しない世界を見せられている気になるほど心地いい温かみがある。
おそらくそれは前作まではあまり見られなかった”間”の存在が大きいのではないだろうか。
もともと雅楽はメロディアスだった演奏のテンポを落としてドローン化したという説があり、現在ではドローンミュージックの原型とも言われているが、本作ではその雅楽をいわゆるドローン的には使っておらず、彼自身の電子楽器から発せられる荒い波形のノイズに合わせるように抜き差ししていく。それによって生まれる微妙な”間”が本作の温かみを形作っているように思う。

This Life”(この世)で漂う悲壮感が”Across to Anoyo”(あの世)までの狭間を漂ううちに心地よさに変わっていくノアの箱船的サウンドトラックが13位。

実は欧米では13という数字が異世界を表す不吉な数字だとされているそうで、エレベーターで13階が無い建物もあるとか……
13……
ドロン!



#11
Cat Power
Wanderer
-Domino Records (UK)

Grouper
Grid of Points
-Kranky (US)
今年この2枚を聴くことができて本当に幸せだと思う。
それぞれに”悲しみ”というものに対して違ったアプローチを見せるが、ひたすらその深淵を覗こうと探っていくGrouperと、それを抱えて前に進もうとするCat Powerのコントラストがあまりに美しく、2枚一緒に聴いてほしいということで同率の11位。

まずはCat Power
正直いままであまり良いと思って聴いたことのないCat Powerだったけど、彼女の6年ぶりのカムバックとして、アルバムに先駆けて発表された表題曲である”Wanderer”を聴いて、それまで彼女に抱いていた印象が少し変わったような気がした。
僕が彼女を敬遠していた理由として、彼女の持つ弱さを、さらけ出すというよりも外堀を固めて守っているような印象があったことが大きく、実際ドラッグやアルコール依存で相当苦労していたのは有名だが、なかなか懐に入っていけないでいた。

アルバムのオープナーとなる”Wanderer”は、何十分でも続いて欲しいと思えるメロディに、聖歌隊のようなバックコーラス、そしてビデオでは、白いバラを片手に砂漠から乾いた山を超え森を抜けて海にたどり着く彼女の姿が映されている。

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Wanderer / Cat Power

Oh wanderer, I've been wondering
If your brown eyes still have color, could I see?
That night, that night with those hands, those hands
That night, that night, oh, galleon ring
With heart, wild heart, you'd sing to me
Wasn't that the lady from the altar
Twist of fate would have me sing at your wedding
With baby on my mind and your soul in between

放浪者よ、あなたの瞳が未だにブラウンのままなのかずっと気にしてたのよ。
私は見えていた?
その夜、その夜にそれらの手と、それらの手と
その夜、その夜、おお、ガレオンリングよ
心とともに、勇敢な心、あなたは私に歌ってくれる
それは祭壇から来た女じゃなかった?
運命のいたずらが、あなたの結婚式で私に歌わせる
私の心の中の赤子と、あなたの魂の狭間で

Wild heart, young man, goddamn, no one to keep
Your goal is ages out for the end of your story
Gave my hand to Jesus when I ran away with you
Oh, wanderer, I've been wondering
勇敢な心、若い男、クソっ、なにひとつ保てない
あなたの狙いは、物語の結末を締めくくるには手遅れ
あなたと一緒に逃げ出したとき、イエスに私の手を差し出した
ああ、放浪者よ、ずっと気になってたのよ

訳:ひらの
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この”Wanderer”は”Wanderer / Exit”として別アレンジでアルバムのクロージングにもなっている。
オープニングではどこか晴れやかな印象があるのに対して、中盤に配置されたリアーナのカバーである”Stay”を境に急に内省的な雰囲気を増していく。そして最後の”Wanderer”には”Exit”と付いているものの、出口とは程遠い物悲しさが漂っている。聴き進めていくというより聴き戻ると言ったほうがしっくりくるようだ。
セルフプロデュースである本作は、2006年のThe Greatestの時期なんかから比べると、音数が最小限まで削ぎ落とされ、オーセンティックなバンドアンサンブルとシンプルなアレンジが軸になっている。
ジャケットには自分の傍に立つ娘さんの写真を使っていて、そこで彼女はまるで何かから娘を守るための槍のようにギターを片手に持っている。今までは、色んな人達に守られている印象があった彼女が、いま守ろうとしているもの。
片手にはギター1本。
このアルバムはそんな彼女が強さを手に入れようとする物語なのかもしれない。
ぜひ、逆順でプレイリストを聴いてみることをおすすめしたい。逆から聴くと、2曲目にあたるスペイン語のタイトルが付けられた“Me Voy”で「私は去る。私は行く。」と繰り返し歌い、「どこにも行かないで」と自信なさげに締めくくる彼女の決意みたいなもの、まだ強さとは言えないほどのか弱い決意から始まって、少しづつ自信を深めていく様子を辿ることができる。


そしてGrouper
ペインターとしても活動しているリズ・ハリスによるソロプロジェクトである。
Cat PowerWandererと同じく、聖歌隊のような多重コーラスが印象的なThe Racesで幕を開ける本作。

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The Races / Grouper

Reaching out 
The wrong way lives alone
Oh, sounds rain
Its raining 
The races

手を差し伸べること
間違った方法が一人歩きして
あ、雨の音
雨が降ってる
民族

訳:ひらの
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ほぼ全編、ピアノと歌のみで構成され、貨物車らしき列車が通り過ぎる音で幕を閉じるまでの約20分間の凝縮された悲しみの塊のような"密質的"メロディー集。
前作からのメロディアスな作風はそのままに、むせかえるほど濃い悲痛さで満ちており、メランコリーなど通り越して、それはまるで悲しみの骨とも言えるような密度の濃い悲しみがつまった外側と、埋めようのない空白が点在する多孔質な内側といった構造になっている。
そのあまりにも濃い悲しみは、ついさっきまでもくもくと煙を立てていたのに少しでも目を離したら消えてしまいそうな儚さで、”Grid of Points”というタイトル通り、彼女によって付けられたいくつもの”しるし"のような曲たちによって、それらが確かに存在していたという記録となって残っている。

孤独に点在するその強い”しるし”は、どんなに我々が忙しなく過ごしていようと、立ち止まって見入ってしまわざるを得ない。

1111位。



#10
Nils Frahm
All Melody
-Erased Tapes (UK)
昨年Otto A Totlandことがリリースした”The Lost”はこの1年間でもっとも聴いたアルバムとなったが、そこでエンジニアリングからマスタリングまでを一貫して担当したのがニルス・フラームである。
そのこじんまりとしたピアノソロは、ハンマーが弦を叩くことで音が出る構造のピアノを取り巻く全ての音を収めたような作品で、椅子に座り、鍵盤に触れ、それがハンマーに伝わり弦を震わせ、押し込んだ鍵盤がまた元にもどるまでを、空気中の塵までノイズとして聞こえそうなほど透明感のあるアンビエンスの中で克明に捉えている。
以前からそうした音作りを続けているニルス・フラームの4年ぶりのアルバムとなる本作も例に漏れず、そうした音作り、空間づくりを徹底している。

かつて2001年の”Vespatine”ぐらいの時期のビョークがインタビューで、指をこすり合わせたりするような、いわゆる”小さい音”に着目して、アーカイブしているという発言を聞いたことがある。自分の内側に入っていこうとするとき、顕微鏡のピントを合わせるようにそこにフォーカスしていくようなスタンスで、自分の内面をさらけ出した”Vespatine”という作品は、外の世界に行き詰まっていた当時の僕にとって、自分の内面に存在する広い宇宙を教えてくれ、没入して聴き入ったものだった。

本作に限らないが、特にニルス・フラームの諸作は楽器の音を小さくする方向に進んでいるように思う。
ビョークのアプローチが、直接的に小さな音を探しにいっているのに対して、彼のアプローチは”その楽器がどういった環境に存在しているか”を示そうとしているかのようで、いまにも「しーーっ」と言われそうなほどの目に見えない存在たちの細かい挙動で溢れている。
そして、なんといってもそこで最も重要なのは、彼の肉体性である。録音後のオートメーションをほとんど行わないという彼の演奏は、必ず手の届く範囲内で全てを行なっているという。
ライブを見ればそれは顕著で、彼が機材と機材を行ったり来たりするその足音、衣擦れ、飛び散る汗、ツマミを操作したり、鍵盤を押す音、すべてが音楽の構成要因となってそこに存在している。
梅雨どきに行われた来日公演では、エアコンまで切る徹底ぶりで、だからこそその楽器を取り巻く音と、楽器から発せられる音の、広いレンジのダイナミクスを存分に堪能できるステージになっていた。

スタジオを作るところから始めたという本作は、小型のオルガン、何種類かのピアノ、メロトロンにシンセサイザー、ドラムマシーンにシーケンンサー、ハーモニウム、大型のラックリバーブ、そして声、全ての”音”が同列に扱われ、それぞれがまるで生きているように躍動し、歌い踊る。
絶え間なく変化し動き続ける微生物の挙動を思わせるその楽器たちのうごめきは、「自分がどんな環境のもと存在しているのか?」という問いを生む。

人間の精神には外面と内面の境界線など無く、それは単にスーパーのビニール袋を裏返すように、どちらから見るかという違いでしかないのかもしれない。
目に見えるものもそうでないものも同じように大事にしたいと、改めて思わせてくれたアルバム。

その芳醇さを1桁で表すのはちょっと寂しいなということで2桁の10位。



#9
Sofiane Saidi & Mazalda
El Ndjoum
-Airfono (FR)
アルジェリアの演歌というと向こうに失礼かと思うが、raï(ラーイ)というアルジェリアの地理的な影響を吸収したポップ音楽のジャンルにおいての旗手として評価されているのが、ソフィアン・サイディ。
2016年にリリースされたAcid Arabのアルバム”Music De France”に収録の”La Hafla”での名演で知ったシンガーで、本作は彼の2枚目のアルバムとなる。
本国のアルジェリアではなくフランスでの活動になるが、様々なジャンルをしっかりと吸収しきって消化している感があり、一昔前のアラビアンポップスではなかなか到達できないところにリーチしている。
何を歌っているのかは全くわからないが、喉のザラつき具合やリズムへの絡み方、そしてチョイスしている言葉の響きが素晴らしく、アラブ音楽特有の郷愁を失わずにアップリフティングな曲も歌いこなす。

アーティスト名にあるマザルダとは6人組のバックバンドのことで、ライブ映像を観ると、彼の歌声もさることながらマザルダの演奏が素晴らしく、ウィンドシンセやKorgのシンセMS-10、ベースシンセなどを駆使して演奏される現地のビートは、新時代感がほとばしっている。

ヨーロッパを一気に飛び越えてブレインフィーダーなんかを脅かす存在になってしまいそうな勢いと完成度の本作。川平慈英が聴いたら「くぅーーーっ!」と言ってしまいそうな第9



#8
Beach House
7
-Subpop (US)
20178月にコペンハーゲンで初開催されたHaven Festivalにおいて、キャンセルになったチャンス・ザ・ラッパー(さすが常習犯)の代役としてメインステージのヘッドライナーを務めた彼女たち。その前の6月にリリースされたBサイド集”B-side and Rarities”は素晴らしい内容だったものの、新作の製作が難航しているのか、あるいは大きな変化の前の一区切りなのかという憶測を呼び、その後には特にそのBサイド集をフォローするわけでもなく新曲も無しの短いツアーといくつかのフェスへのエントリーがあった。
そのツアーのハイライトとなったのが、前途のチャンス・ザ・ラッパーの代役という形で舞い込んだヘッドライナーとしてのステージで、僕は幸運にも現地でそれを観るチャンスに恵まれた。

その夜の彼女たちは、素晴らしかったのは間違いないが、どこか淡々と事を進め過ぎているように見えた。
僕自身は日本から離れた旅先で普段聴き慣れている(半ば強制的に聴かされている)アーティストを観ることの安堵感というか、ちょっとした感慨に浸りながら気持ちよく観ていたが、そこで感じたのは音のスケールとステージサイズのギャップ、そしてなによりステージ上の彼女たちは90分という時間を少し持て余しているように見えたそんなライブだった。
単独公演の90分とは意味合いの異なるそのステージは、当時の彼女たちに緩急が欠けていることを浮き彫りにした。もちろん過度のカタルシスみたいなものを演出するタイプのバンドではないが、それでも物足りなさを感じずにはいられなかった。
どうやらそんな合間にも新作の制作は進んでいたようで、年が明けて214日のバレンタインデーに合わせる形でアルバムからの先行シングル"Lemon Glow"がリリースされた。

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Lemon Glow / Beach House 

Read my fortune too
Tell me what you see
Cross it like a T
It's all the same to me
This game I play, I do it every day
I promise I'll be fine
Bear it every time
私のことも占って
その結果を教えて
なにかの錠剤みたいに興奮させてあげて
私にはどうでもいいことだから
私はこのゲームを毎日プレイする
きっと大丈夫、約束するから
支えてあげてほしい

When you turn the lights down low
Lemon color, honey glow
あなたが灯りを落とす瞬間
レモン色の、甘い輝き

See this state I'm in
Is crawling in my skin
Fevers took me back
And turned me inside out
私がいるこの場所を見て
肌を這ってる
その興奮が私を連れ戻し
裏返してくれた

When you turn the lights down low
Lemon color, honey glow
あなたが灯りを落とす瞬間
レモン色の、甘い輝き

It's what you do
This pulls me through
To the other end
Where it begins
You see through me
Still, it's coming back
I come alive
You stay all night
それがあなたの役目
私を違う結末に導く
どこで始まるのか
あなたならわかるはず
でもまだ思い出してる途中
私は目覚め
あなたは一晩中ここに


Feel it coming right through you
The color of your mind
The color of your mind
The color of your mind
You feel it coming right through you
You feel it coming right through you
It's on the other side
It doesn't have to be this way
It doesn't have to be this way
The color of your mind
あなたの中を経てゆくのを感じて
あなたの心の色
あなたの心の色
あなたの心の色
あなたは感じる
あなたの中を経てゆくのを
もうひとつの側面をゆく
この方法じゃなくてもいい
この方法じゃなくてもいい
あなたの心の色

It's what you do
This pulls me through
I come alive
You stay all night
It's what you do
This pulls me through
I come alive
You stay all night
それがあなたの役目
私を違う結末に導く
私は目覚め
あなたは一晩中ここに
それがあなたの役目
私を違う結末に導く
私は目覚め
あなたは一晩中ここに

Candy-colored mystery
The color of your mind
飴玉色のミステリー
それがあなたの心の色

訳:ひらの
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一人称の対象が目紛しく移り変わるようなその世界観は、1人の人格の多重性とそれらの間にある”空間”らしき存在を歌っているようで、まさにその空間を泳ぎ彷徨うようなミュージックビデオ、そして意味深な影がデザインされたアートワークが曲を支える。

サウンドはいままでの彼女たちでは考えられないくらいどっしりと腰が座り、それぞれの楽器はあくまでタイトで明快な音作りと広めのパンニングになっており、明滅的なシンセとギター、そして特にコーラスワークは歌詞の人称の変化を追いかけるように中央定位とダブリングを行き来している。
近年の音楽界では活発なゲストボーカルの招待などは無く、ヴィクトリア自身の声のみで重ねられていくコーラスワークは、それがあくまで彼女自身による内面との対話であることを示しているようだが、決して内障的なわけではなく、力強く開かれたエネルギーを感じさせるものになっている。
そして特筆すべきはサブベースで、まるであるひとつの人格に静かに留まろうとするようにあくまで軽く控えめに一拍目のキックのみを強調しているが、一転して人格間の移動を楽しむ雰囲気さえあるような心理描写に変わるブリッジの”The color of your mind~”からの部分では、まるでもう留まるべき場所なんて必要ないとでも言うように、サブベースが一旦消え浮遊感が増す。そして次のヴァースからはまた静かに鳴らされる。
"Lemon Glow"は、いままでの耽美な彼ららしい音像をそのままに、力強くアップデートされたサウンドに支えられながらも戸惑うように揺れるウワモノと歌詞の対比をもって、我々自身が抱える内なる声とのコミュニケーションを静かに応援してもらえているような感覚をもたらしてくれる、今年屈指の名曲だ。

その後に続いてリリースされた"Dive""Dark Spring"などは"Lemon Glow"に増してラウドで力強く、結果的に本作は今までのどのアルバムよりも緩急に富み、アグレッシブなエネルギーに溢れ、なによりピーター・ケンバーとのコラボレーションとセルフプロデュースによる音楽的変化によって、ボーカルのヴィクトリア・ルグランの歌声はより確かな存在感をもってこちらに届くようになった。

Beach Houseがもう7枚目のリリースということに時間の流れを感じるが、ドリームポップというムーブメントに印篭を渡すためにMy Bloody Valentineの力を借りて新しい扉に手をかけた本作は、キャリア後半のスタートを華やかに彩る傑作となった。
が、目標としていた7位には時々奇声を発する強烈なおじさんが鎮座しており、番狂わせの憂き目をみて第8



#7
Pusha T
DAYTONA
-G.O.O.D. Music (US)
作品云々よりもDrakeとのビーフ合戦のほうが話題になっている我らがPusha Tおじさん。Drakeが今年リリースしたScorpionもなかなか下腹部を唸らせる作品だったが、かなりストリーミングを意識して作ったようで、なんせ長い。
そこにきて本作は、7曲で21分というコンパクトさ。実は7、8曲というのはとても難しくて、12曲ぐらいになるとアルバムの中で緩急というかリズムを作れる長さになってくるが、この短さだと曲順、曲調、曲の長さなど、かなりシビアな選択を迫られることになる。本人は今後は7曲を超えるアルバムは作らないと言っているので、味を占めたのかもしれない。

サンプリングを駆使したオーセンティックなオールドスクールスタイルだが、ビートは確実にトラップ以降。カニエと一緒にレコードショップで選んだ50枚ほどのレコードからサンプリングしたようで、時間をかけて細かく作り込んだであろう緻密さに、スキルフルでネバっとした彼のラップが乗っかる。時々飛び出す「アォーッ」が最高に気持ちいい。
Booker T. Averheatというファンクバンドの”Heart N Soul”をスローダウンしてメインリフにしているアルバム2曲目の”The Game We Play”では、「これがおれのパープルテープ、来るべき時のための備さ」というラインがあって、このパープルテープが何を指してるのかわからず調べてみると、Wu-Tang ClanのメンバーであるRaekwonOnly Built 4 Cuba Linxというアルバムが通称パープルテープと呼ばれているらしく、彼はこのパープルテープを最高のラップアルバムとして崇め、目標としているということだった。
確かに本作はパープルテープに近い空気感を持っており、丁寧に練り上げたうえで良い作品を作りたいという部分でその目標は見事に達成されている。
そして、5曲目の”Santeria”でスペイン語の歌声を聴かせている070 Shakeというシンガーも注目だ。
本作はカニエ・ウェストが全面的にプロデュースだが、彼女はカニエの”Ye”でも客演しており”Ghost Town”では素晴らしい歌声を披露している。
彼女を伴ってのThe Tonight Show with Jimmy Fallonでの”Santeria”のパフォーマンス(しかもThe Rootsの生演奏)では、演奏後いつものようにハイテンションでステージに入ってくるジミー・ファーロンを尻目に、「Daytonaが今年最高のラップアルバムだ」とPusha Tが言い切る。

その通り。

ドレイクとのヘイト気味のやりとり(本当にひどいし汚いけども)を見聞きしたところで、このアルバムの圧倒的な完成度は一切霞まない。

このまま7曲入り路線を貫いてほしい第7位。



#6
Glasser
Sextape
-Self Released
2017年リリースのアルバムがとても良かったことに、この秋になって気が付いたRoll the Diceが今年リリースした”Elevate”という曲に参加しているのが彼女、Glasser
Cameron Mesirowという女性のソロプロジェクトで、5年ほど前には大きな注目を集めていたようで、イギリスのYoung Turksから作品をリリースしていたが、約6年ぶりのリリースとなる本作は、Tune Core経由での自主リリースとなっている。
Cameron Mesirowと男性のセクシャルな現場についての妙な間の会話を受けて、シンプルで少しトライバルなビートやシーケンスされたシンセ、カットアップされた環境音などで構成されたトラックが入ってくる。これが大体5セクションくらい続いて1曲という扱いになっている。
例えば、トーク番組などで放送禁止用語があると"ピーー"と入るが、本作では音楽がこのピー音の役割を果たしていて、会話の途中や後に彼女のトラックが入ってくることによって物語がドライブしていくというか、重要なことはそのビートにも込められてますといった感じで一気に物語が進んでいくような感覚をもたらす。
また、本作についての彼女のツイートを、理解できるかぎり要約すると、「そういった現場について作品として言及することはセクシャルな物事に関するグレーゾーンを露見することになり、一部の人は人種や家柄、あるいは男であることなど、単に運でしかない自らの出自を、地位や権力と勘違いしてセックスをする理由にしようとする。この作品は決してポリティカルではないが、そこで交わされている会話をはじめ、その現場で起こっていることについては紛れもなくポリティカルである」ということだ。
現在本人に歌詞?を確認中なので、肝心の会話の詳細が不確かなままだか、彼女がインタビュー形式で聞き出す彼の体験談(冒頭ではゲイバーでの一幕から"And then..."をループしてビートにしていく)を中心に構成されている。

今まで草葉の陰で行われていた、陰湿で、強権的な合意の現場を露わにしていく本作は、まだまだフェミニズムを勉強中の僕と、6(シックス)をセックスと聞き間違えてしまうようなしょうもないおっさんのための第6位。



#5
Kid Koala
Floor Kids (Original Video Game Soundtrack)
-Arts & Crafts (CA)
これはほんとによく聴いた1枚。
DJバトル風のスタイルながら、音楽への愛が溢れる温かいプレイが魅力である中国系カナダ人DJKid Koala
本作は同じくカナダ人のJonJonというアニメーターとともにコンセプトから練り上げたNintendo SwitchPS4用のブレイクダンスゲーム”Floor Kids”のサウンドトラックとなる。
4270分という大ボリュームだが、各トラックは激短なので、テンポよく進んでいくので長さは感じさせない。というか集中して聴くものでもないので、作業中などにBGMとして流すのがおすすめ。管楽器の使い方や、子供によるカウントなど所々で登場する彼らしいアクセントがたまに聞こえてくるあたりが最高にキュート。
トラップのビートが蔓延しきった末に、Pusha Tはじめ、オールドスクール復権の兆しがある中で彼のセンスとユーモアは間違いなくまた注目されるはず。

5段階評価で言ったら5!ということで第5位。



#4
Mark Pritchard
The Four Worlds
-Warp (UK)
前作のUnder The Sunは、全ての文明を押し流し、何もかもを白日のもに晒してみせるという縁起でもない大傑作に続くソロ名義での2枚目のアルバムが本作The Four Worldだ。
ナオミ・クラインが説明するような悪名高き新自由主義的なアプローチをシニカルに模倣したであろう本作は、そのタイトル通り、災害などによって押し流された上に新たな世界を作ろうと急ぐ権力者の写し鏡となっていると同時に、良いことでも悪いことでも儚く忘れてしまう民衆の記憶の有様も反映している。

平面的な音像が特徴のオープニングトラック”Glasspops”は本作で唯一ビートを伴った曲で、近年の共同制作者であるジョナサン・ザワダによるミュージックビデオは、平らに均されてしまった世界でかつての記憶を頼りにしながら、残った人工物を駆使してモニュメントでも建てようとしているような映像だ。
誰しも経験があるように、いくら見慣れた風景や建物でもそれが無くなったり新しく建て直されたりすれば、元がなんだったのかはたちまち記憶から消え去ってしまう。
そんな儚い記憶と向き合う我々を描くように、極めてアンビエント的なアプローチで少しづつ且つ大胆にシンセの音色が変化していくこの11分の壮大なテクノトラックは、自分がいまその変化のどの過程にいるのかをボヤけさせ、11分という長さを全く感じさせずにあっという間に終わってしまう。

続く“Circle Of Fear”というおぞましいタイトルのショートトラック(それでも3分ある)を挟んで、早くも最大の問題作であり、本作のハイライトとなる”Come Let Us”に到達する。

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Mark Pritchard / Come Let Us (feat. Gregory Whitehead)

Come let us build ourselves a city
And a tower with it’s top in the heavens
And let us make a name for ourselves
Lest we be scattered abroad
On the face of the whole Earth

さあ、わたしたちの手で天国の頂上に、街とタワーを建設しよう
それと名前も付けさせて
地球上でわたしたちが散り散りになってしまわないように。
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マーク・プリチャード得意のドローントラックに乗って、ジェイムス・ブレイクの”If The Car Beside You Moves Ahead”を彷彿とさせるグレゴリー・ホワイトヘッドによるあまりにも魅力的すぎる吃音系ポエトリーリーディングが炸裂する。
そのビデオはまさに丘の上にタワーのように組み上げられた様々な岩が、まるで正解を忘れてしまったルービックキューブが自身の正解の形を求めて艶かしくその姿形を変化させているように見える。
呪文のように繰り返されるタワーの建設に、なんとかして僕も加わりたい。

そして、だいぶ空元気の”The Arched Window”に続いて、カルトヒーローのスペースレディを召喚した”S.O,S”。
Wed wrecked our tiny vessel. And will soon be lost at sea
私たちは自分たちの小さな船を壊してしまったので、すぐにこの海で迷子になってしまう。”
温暖化への言及としては特にひねったものではなく、やたらとピースフルだが怖がらずに聴いていただきたい。

続いて、ミュージックソーがフィーチャーされた”Parkstone Melody II”は、本作から2曲目に公開された曲で、この曲によって本作への期待が一気に上がった。
その後本作は、ウーリッツァーかなにかのコードワークのみで構成された“Men-an-Tol”を経て、誇張されたスティールパンらしき音色とドローンのみで構成された最終曲”The Four Worlds”へ。
スティールパンの響きは反響を続けて、途中で加わったシンセやメロトロンのような音と混ざりながらやがて人の声のような響きに変わっていく。それはもはや洞窟の中に逃げ込んだ人々の嘆きのように聞こえてくる。

もし世界が破滅しても彼の作品だけはミュージックビデオに出てくる岩のように生き残ってほしい。
熾烈な首位争いを演じたものの、タイトルにFourと付けたのが災いしてまさかの第4位。



#3
Laurie Anderson & Kronos Quartet
Landfall
-Nonesuch (US)
故ルー・リードの妻ローリー・アンダーソンと、モダンクラシカルを始め、あらゆるジャンルを跨いで様々なミュージシャンとのコラボレーションを重ねてきたクロノス・クァルテットによるコラボレーションアルバム。
Landfallと名付けられた本作は、201210月にアメリカ東海岸を襲ったハリケーン・サンディ上陸の記憶をもとに、その悲劇の一部始終をなぞるように進む全30曲で構成されている。
当初、何をテーマにした作品なのかは分からず聴き始めた本作だが、その2012年の出来事をモチーフにしていることを知り、そういえばルー・リードが亡くなったのはいつだったかと調べてみるとそれは2013年。多くの曲は、そういった出来事の前には既に書き上げていたそうだが、

ローリーのソングライティングをベースに、重く物悲しく人々の狂騒を静かに再現するような弦の振動が生々しいクロノス・クァルテットによるストリングスと、彼女の語り、また彼女がMAX / MSPでプログラミングしたソフトウェアである”ERST”を使った奇怪な声、そこにピアノと電子音が適所に配置され、時系列ごとの出来事をプレビューしていく。オプティガンというメロトロンに近い発想で作られた70年代のサンプリング楽器も効果的に使われている。
そしてどこか東洋的な音階や、二胡のような音色は、多様な人々を抱えるニューヨークという街を示しているように聞こえる。

1時間に渡って、記憶の変容性と記録の普遍性を交互に、ときに交わりながら流れてゆく本作。ニューヨークで被災し、その記憶と向き合う道程でパートナーを無くすという経験をした彼女の、見たもの感じたものが断片的な音として可視化される。

順位づけするなどおこがましいこと極まりないが、敬意をもって第3位。



#2
EXEK
Ahead of Two Thoughts / A Casual Assembly
-W.25th (AU)
オーストラリアはメルボルンの4人組バンドによるセカンドと10ヶ月ほどのスパンでリリースされたサードを、勝手に2枚1組の扱いにして堂々のランクイン。
先に出たAhead of Two Thoughtsのほうは、This Heatを思わせるダビーなポストパンクで、後発のA Casual Assemblyは前作の最終曲”Actress Pravtice”から続いてるような、一転してシンセのレイヤーにポエトリーリーディングを乗せたスタイルになっている。
どちらの収録曲も決して明るくはないが、間違いなくカラッと晴れてる所で作ったでしょというのが音に滲み出てしまっているのが、たまらなくかわいい。
聴き始めた頃はSpotifyのフォロワーが25人くらいしかいなかったのが、この1年で約400人まで伸びたということで、コートニー・バーネットのように世界に飛び出して行けるかというと、その予感はいまのところ皆無。
かなりの頻度で聴いてたのでこの順位は妥当なんだけど、なぜか書くべきことがさっぱり思い浮かばない。

ともかくお気に入りのバンドにはドーピングも辞さないよ。という山根会長的強権発動の第2位。



#1
Loma
Loma
-Sub Pop (US)

自然を人の世に見立て、その世もまた自然の業であるように歌い、言葉を尽くして風の声を訊く。
この作品で何度も登場する動物の鳴き声や地面を踏みしめる足音、風が風車を回す音など、そこに空気があり震わせているのならそれは音になり耳に届き肌を打つ。
ユニークな機材が放つ電気的な信号と、自然のざわめきはときに水と油のようにマーブルに絡み合い、ときに溶け合いながらそのコントラストを失う。

Shearwaterのボーカルであるジョナサン・メイバーグの歌詞を、Cross Recordという2ピースバンドとして活動しているエミリー・クロスが歌い、その2ピースの片割れであるマルチインストゥルメンタリストのダン・ドゥズインスキーがエンジニアリングからミックスまで行う。3人はそれぞれのバンドで一緒に回ったツアーがきっかけになり、スペイン語で”小高い丘”を意味するLomaと名付けたバンドを結成した。

鳥類学者という顔をもつジョナサンの書く歌詞は、耳を澄ませて何かをキャッチするというよりは、自分から声に出して問いかけ続けていくようなスタンスのものが多い。”What does the night with the day?”1曲目の”Who Is Speaking?”で繰り返されるその問いも、口に出して訊くべきなのかという葛藤を含みながらも、その裏にある”証明すべきこと”の確証に近づこうとしているようだ。それを歌うエミリーの声はスモーキーで気だるさを伴い、昔から伝わる伝承を話すような儀式めいた雰囲気さえ持っている。R.E.M.Try Not To Breathを思い出させるような”Joy”では、”Let the fire run over the hill susurrating and roaring”と歌い、文字通り這い進む山火事を前にして立ち尽くす焦燥と、その炎自体がもつ激しい情感が同時に表現されており、自然と共に生きている生命感が溢れている。

そうした自然との共有とは一線を画すのが、6分弱に及ぶ4曲目の"I Dont Want Children"だ。そうであっかもしれない自分の未来と、あまりにも正直すぎる気持ちが、空気に溶けてしまいそうなエミリーの声で歌われる。パワフルな2曲に挟まれているおかげで、この曲のメランコリーが一層クローズアップされる。
自然体でいること。生きる上で最も難しいその課題において、生物学的な慣習を持ち出すことがいかにお門違いかを物語る。
僕はこの曲の正直さによって、彼らを信じてもいいと思った。

続く"Relay Runner"までが起伏に富んだ前半となり、ここから先、このアルバムは深い深いスローコアの森に入っていく。
ちなみに"Relay Runner"3:40あたりから始まる、カット&ペーストっぽい妙なリズムの音について、本人たちに聞ける機会があったので質問したところ、ピアノループかオルガンをLightfoot LabsというメーカーのGoatkeeperというトレモロペダルに通した音だと教えてくれた。
これがかなりユニークなペダルなので、音楽をやってる方は是非ご参考に。

風が川辺の穂を揺らす音で始まる"White Glass”、犬と共に森に分け入っていくような音が特徴的な”Sundogs”、そしてインストの”Jornada”を挟んでの”Shadow Relief”が後半のハイライトとなる。レコードで聴くとちょうど”White Glass”からB面が始まるが、”Relay Runner”までの曲で目立っていたジョナサンのコーラスが後半の4曲では極度に減り、まるで夜の帳が降りてくるようにどこか不穏な空気が広がっていく。”Sundogs”での”All of its surfaces shining, faultless, But on the inside, hollow and compromised”というラインや”All You Love You Are”という歌い出しの”Shadow Relief”など、そこには薄っすらと別離の悲しみや後悔が渦巻き、Grouperを彷彿とさせる空気が漂っている。
余談だが、実はこのアルバムのセッション序盤に、エミリーとダンの離婚という出来事があったが、その時点でジョナサンは既に殆どの歌詞を書き上げていたため直接的な影響は無かったという。また、ボーカル録りの際にインターフェイスのサンプルレート(機材の調整)を誤ったまま録っていたというミスがあったらしいが、それによって得られたくぐもったボーカルをそのまま採用したということもあったそうだ。
そうした本作に影響したであろう濃い部分が出ているように感じられるのが、これらの4曲になる。

そして、アルバムは最終曲の”Black Willow”に突入する。

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Loma / Black Willow

Because I rode up to the edge
Because the life I lived is dead
Because I could not find the words
I could not hold it in my head
I make my bed beside the road
My body glows inside the smoke

その先端まで這い上がったから
私が過ごしてきた人生は終わったから
何も言葉が見つからないから
頭の中に留めておけなかった
私は道路脇に寝床を作る
排煙の中で私の体は成長していく

And I'm wild enough
I carry a diamond blade, I'm living on
All defenses down, and when I walk
I carry a diamond blade
When you said serve you
I will not

私はすっかり夢中で
ダイヤモンドの剣を持って
私が歩み続ける限り、退路は断たれる
私はダイヤモンドの剣を持っていく
何を言われてもあなたには渡さない

Because a spark is in the air
I let it go up by itself
My tongue is itching with the sound
You're always singing in my head
I make a home inside the wind
Stars are burning in the west

空気に煌めいているから
私が輝かせる
その音で舌が疼く
あなたはいつでも私の中で歌ってる
私は風の中に居場所を作り
西の空で星たちが燃えている

And I'm living on
I carry a diamond blade, I'm living on
To pull the fences down, and when I walk
I carry a diamond blade, I will not serve you
Black willow
Black willow
Black willow….

そして私は生きていく
ダイヤモンドの剣を持って
私が柵を引き倒し歩み続けるとき
私は自分のためにダイヤモンドの剣を持ってるの
柳の木
柳の木
柳の木....

訳:ひらの
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ミュージックビデオの通り、前4曲のような深い森から抜けて、開けた場所に出たフィーリングがあるこの曲は、エミリーとジョナサンに、おそらくダンも加わってるであろう男女混声のコーラスが冒頭から曲の最後まで続く。それはあまりにも美しく、そしてどこか新しいムードを携えてもいる。
Black Blood and The Chocolate Picklesの”Black Blood (In The Mississippi Mud)”への明確なオマージュであると思われるこの曲は、同曲とほぼおなじコードワークとリズムの上に新たなメロディを乗せており、アルバム中では唯一ShearwatarJosh Halpernがドラムを叩き、ジョナサンの弾くベースと共に曲の骨格を担っていて、そこにオリエンタルなメロディのエレクトリックピアノやシンセが薄く乗るというアレンジで、ほぼリズム隊と混声コーラスのみというシンプルな編成で曲が成立している。そして、曲が進むにつれてドラムとボーカルのリバーブが深まり、ダビーな雰囲気を増しながら霧の中に消えていくように終わるわけだ。
3曲目の“Joy”では地中深くにあったダイヤモンドは、ここでは剣として研ぎ澄まされ彼女の手に渡り、目の前の障害を切り倒しながら道を開いていく。
ビデオでエミリーが向き合うのは彼女の幼少期を思わせる少女で、歌詞のモチーフを可視化したような手話に似た緩やかなダンスをユニゾンで踊っている。人が自らと向き合うときそれはあくまで過去の自分であるように思えるが、そのアバター側からすれば未来の自分でもある。だからこそ、そこで起こるコミュニケーションは常にその人を更新していく。

彼らが大地や木々、川や湖に訪ねるとき、風に漂い届く答えは、もしかしたら遠い未来の自分が残した言葉かもしれない。

想像力を試されるこの時代に、自分だけが何もわかってないんじゃないかと不安になることもある。でもそんなときは足を止め、じっと目を凝らし、風に訊いてみよう。あなただけに届く言葉がそこにある。

マーク・プリチャードの脱落も手伝ってぶっちぎりの第1位。




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いかがだったでしょうか。
ランキングを元にしたSpotifyのプレイリストを下に貼ってあるので、こちらも楽しんでください。

それではまた来年。サヨウオナラ

1 : Loma / Loma
2 : EXEK / Ahead of Two Thoughts // A Casual Assembly
3 : Laurie Anderson & Kronos Quartet / Landfall
4 : Mark Pritchard / The Four Worlds
5 : Kid Koala / Floor Kids (Original Video Game Soundtrack)
6 : Glasser / Sextape
7 : Pusha T / DAYTONA
8 : Beach House / 7
9 : Sofiane Saidi & Mazalda / El Ndjoum
10 : Nils Frahm / All Melody
11 : Cat Power / Wanderer // Grouper / Grid of Points
13 : Tim Hecker / Konoyo
14 : Mouse On Mars / Dimensional People 
15 : Kali Malone / Cast of Mind
16 : Jonny Greenwood / You Were Never Really Here(Original Motion Picture Soundtrack)
17 : Aqueduct Ensemble / Improvisations on an Apricot
18 : Janelle Monàe / Dirty Computer
19 : Thom Yorke / Suspiria
20 : Lubomyr Melnyk / Fallen Trees