2017/12/24

平野浩一の2017年ベストアルバム


メリークリスマス、このブログの管理人の同居人です。
管理人くんは春ごろ我が家を出て行きましたが、スイスで失恋してすぐに舞い戻りました。

***( T_T)\(^-^ )

さて、世界は空前の音楽ブームで参っちゃいますね。
ノッてますか?
何が空前かって全ジャンル良いんです。
これはもはや、聴く側に感性の大変革が起きてるとかそういうことなんですかね。
でも10年くらい前のものを聴いたりすると、小学校時分に見た80年代みたいなところも感じたりして、やっぱりより良いものが作られてるということでいいんですね。

2017年、良い年でした。
良いことばかりじゃありませんでした。
悪いこともありました。
創作意欲触発されました。

*・゜゚・*:....:*・’(*゚▽゚*)’・*:.. ..:*・゜゚・*

それでは素晴らしいアーティストたちの偉業をわざわざ言葉で説明して無理やり文脈作って悦に入っておりますが、みなさんの少しの指南役を果たせたらそれは本望です。
どうぞ。










#15
Nicholas Britell
Moonlight Motion Picture Soundtrack
Lakeshore Records (US)

2017年に"日本"で公開された中で最高の映画のひとつ"Moonlight"。
あの映画を彩っていたのは、圧倒的な映像美だけでなく、あの同一人物の3世代を見事に演じきった3人の役者たちだけでもない。
劇中で流れるストリングスとピアノを主体にアレンジされたサウンドは、荒れたマイアミのストリートを舞台とした物語に不思議と違和感なく溶け込み、セリフでの説明が決して多くない本作に、セリフ以上の心理描写を加えることに成功している。
序盤に"Little’s Theme"として登場する曲は、それぞれの世代の心情を代弁するように中盤以降にリアレンジしたものが登場したり、またはChowpped & Screwedという手法でドロップチューンされたものまで登場する。これはどうやらヒップホップのリミックスで用いられる手法らしいが、主人公の心情と重なって効果的な演出になっている。
そして山場は、かつて華奢だった主人公が大人になり、すっかりマッチョなマフィア稼業が板につくようになって登場するシーンで、それまでの静謐さを叩き壊すようにGoodie Mobの"Cell Therapy”が強烈な爆音で流れるのだ。
その後、彼が旧友の働くダイナーに行くシーンは、僕の地元である福生を思い出して、妙な親近感が湧いた。

そして要所で流れる古いソウル。
冒頭の"Every Nigger is a Star"はKendrick Lamarの前作"To Pimp A Butterfly"の冒頭でもサンプリングされている。ここはなにか共鳴するものがあるのだろう。
終始息を飲むような美しさの青みがかった映像と同じように、コントラストが強い音楽の展開は、うまく感情をアウトプットできない主人公の、実はうねるように変化しているであろう内面とリンクしてるように思える。

更にこちらのサイトでは劇中曲を含むChopped & ScrewedバージョンのMixテープが公開されていて、これは監督公認だという。

主に同性愛者である主人公の成長過程における苦難を描いた映画であるため、LGBTQの視点ばかりが取り上げられがちだが、その映像美と相まって、ミュージックビデオとして流すように観るだけでも十分に楽しめるし、そもそも音楽の多い映画ではなく、無音の箇所が多いことから、ストリングスを主体とした曲としては明らかに短い1分から2分前後の曲がリズミカルに展開していくこのサントラは映画とはまた違った楽しみ方ができるだろう。

実際は去年の映画だが、ここに入れるのを許してほしいという懇願の15位。










#14
Guerilla Toss
Jay Glass Dubs vs Guerilla Toss
DFA (US)

風邪をひいて瀕死の師走時、殿様出勤で職場に行くとスタッフのやべっちがかなりデンジャラスなエクスペリメンタルプレイリストをSpotify上で流していた。
今年、モダンクラシカル~ピアノ辺りを聴きながらも風呂のカビぐらいの感じで注目していたブルックリンアンダーグラウンド。
Big FrenchやPillなど、楽器は多様にながらこれ見よがしなインテリ感は抑え気味のセミアンダーグラウンドという趣きのアーティストがポツポツと出てきている。
そしてそのプレイリストの中でも異彩を放っていたのが彼Guerilla Tossだ。
DFAのアーティストを聴くなんて10年ぶりぐらい。
Kim Gordon+KarenOといった感じのモロNYパンクなボーカルであるKassie Carlsonに、ヨレすぎない品のいい崩れ具合を展開している演奏陣を携えた5人組だ。
本作はそんなGuerilla Tossの曲を、ギリシャ出身のダブプロデューサーJay Glass DubsがダブミックスしたEPになっている。
ポストパンク+ダブで、CANのような音楽性に着地し、ダブなのになぜかミックス前よりタイトな謎のグルーヴを獲得している。Robert Beatty風のジャケットも最高だ。

彼らの音楽のように初期衝動でここにランクイン。










#13
Felicia Atkinson
Hand In Hand
Shelter Press (FR)

なんとも形容しがたいオリジナリティに溢れた作品だ。
フランス出身のFelicia Atkinsonによる音楽ちゃんこは、軽い打撃音とイレギュラーな定位に配置された彼女のつぶやきを軸に、中途半端な通奏低音と、出し抜けにエレベやアコースティック楽器の音色を挟みながら、恐らくはアンビエントとかドローンといった括りになるだろうパフォーマンスを展開している。なんと呟いてるのか、いくら探しても出てこないのが惜しいが、ここまで尖っていながら、ダウナーな要素を感じない作品もなかなか珍しく、かなり聴きやすい。これで、とびっきりダークなことを呟いてたとしたら、もうそれはそれだ。
最近、この辺りの作品を聴いていると、メインストリームがいかにエクスペリメンタルなフィールドに接近してるかということを感じれるので本当にワクワクする。音楽界は日本を除き、かつてないほどに壮大な実験場と化していて、もしかしたら僕が死ぬまでに、このような作品がビルボードNo.1に輝く日がくるかもしれない。

そして、本作の曲は是非一度ライブパフォーマンスの動画を見ていただきたい。
なんというか…お経そのものだ。










#12
This is the Kit
Moonshine Freeze
Rough Trade (UK)

ソングライティングが絶賛確変中の彼女は、ウィンチェスター出身のThis is The KitことKate Staples。
本作からラフトレードでのリリースとなり、プロデューサーにJohn Parrish、アディショナルミュージシャンとして、我らがAaron Dessnerを迎えている。
Aaron絡みのあるあるだが、サウンドは従来のバンジョーとギターを軸にしながら若干ラウドになり、ホーンがフィーチャーされた多彩なアレンジになっている。
本人はそんな面子に飲まれることなく、絶好調ぶりを遺憾なく発揮しており、淡々とした中にも、人間関係と自然を重ね合わせたような物語を描き出している。
夏にデンマークで観たライブでは、腰の座った安定感のある演奏と、鋭い眼差しで観客を見つめながらバンドを引っ張っていく様子に、若干体調不良を抱えていた僕は体の芯が熱くなるのを覚えた。そのあと彼女はヘッドライナーであるThe Nationalのステージに登場し、前途のステージがまるで嘘のようにかなり当惑した様子で”l’ll Still Destroy You”を歌った。こりゃとんだ内弁慶。

彼女の歌にはジャケットのアートワークのように、ダークな中でも一点を照らす光のような温かみがある。
例えば日常が辛くなって思わず裏の森に逃げ出してしまったなら、ひとまず彼女の歌で暖をとろう。
森の小屋では音楽界の肝っ玉母ちゃんが我々を待っている。










#11
Dirty Projectors
Dirty Projectors
Domino (US)

去年のこの記事で、ロックは音楽界の接着剤だ的なことを書いたが、いまやR&Bがそれにとって変わったのだろう。
今までのバンドメンバーと袂を分かったDavid Longstrethは、R&Bとフォークを基軸にタイヨンダイをはじめ、様々なアーティストと共演しながら、エクスペリメンタルなアレンジをふんだんに散りばめた私小説的傑作を生み出した。
個人的にどうも好きになれなかった前作までの特徴的なボーカルアンサンブルは消えて、エクスペリメンタルなパーカッションと、様々な方法でエディットされた彼の声を十二分に堪能できる仕上がりになっており、"Keep Your Name"や"Little Bubble"はFrank Oceanなどとも共振するリズムレス感のあるバラードもおさめられている。
それにしても今年はこの二曲を本当によく聴いた。アルバムのだいぶ前にリリースされた、"Keep Your Name"にはすぐに夢中になったし、決して恵まれてるとは言い難い声を、なんとか駆使ながら丁寧に紡ぐように歌う"Little Bubble"も素晴らしかった。
まずこの二曲を聴く限りでも、本作は失恋をテーマにした作品であると言って間違いないだろうが、"Keep Your Name"の歌詞にNaomi Kleinが登場するあたりや、"Little Bubble"のMVに見られるように、ラブソングとして以外にも多面的な解釈ができるような少し露骨とも思えるデザインがあるが、そこは一旦飲み込んで彼のパーソナルな叫び("Death Spiral"やAscent Through Clouds "での執拗ににエディットされたボーカルは、まさに叫びそのものとして聴こえる)は新しい感情表現として響いている。

そもそも本作をフォローするツアーをやっていないが、この先永久に実現されなそうな来日公演がもしあったなら、みんなして「デーーーッ!」と叫ぼう。(Death Spiralのコーラス)










#10
Jóhann Jóhannsson
Arrival Original Motion Picture Soundtrack
Deutsche Grammophon (GER)

邦題が"メッセージ"、原題"Arrival"のサウンドトラックだ。
厳密に言うと去年のアルバムだが、"Moonlight"と同じく日本での映画公開が今年なんで、ここに加えたい。
"Arrival"は異星人であるヘプタポッドの出現を巡るSF映画だが、物語は一人の女性言語学者にフォーカスしており、彼女が異星人との対話を通して新しい概念の言語を習得し、伝えていく話になっている。
その言語には時制がなく、ヘプタポッドたちは過去、現在、未来を曼荼羅のように捉えていて、それを表すヘプタポッド語は円形の文字で、始まりと終わりがない。
彼女はヘプタポッドたちが地球に来た理由を知り、それを後世に残すべく本を執筆することになるのだが、そこで自分と娘を待ち受ける残酷な未来を知ることになる。
そして、そんな未来があってもそこに向けて生きていくという決意をもって映画は終わるわけだ。
このアイスランド出身の作曲家であるJóhann Jóhannssonによるスコアはまさに得体の知れない響きでもって映画に圧倒的な芸術性を加味している。これは絶対に映画館か、しっかりと音響の整ったホームシアターで体感するべきだ。特に飽和状態の低域の中の細かいストリングスの震えは内臓で聴くほかないだろう。
そして、実はというとこの映画には大事な曲がもう一つあって、オープニングとエンディングで流れるマックスリヒターの"One of Nature of Daylight"だ。いろんな映画で使われてるらしいので知ってる人も多いかもしれないが、この、ストリングスの短いループで構成された曲は、映画に強さと、胸をえぐるような切なさ与えている。
この曲を本作の前後に加えたプレイリストを作って聴いてみてほしいという、もろドーピングの第10位。










#9
Bonobo
Migration
Ninja Tune (UK)

"Life has highs, lows, loud and quiet moments, beautiful ones and ugly ones. Music is a reflection of life."
プレスリリースでの彼のコメントだが、これがたまらなく好きだ。もしもLA富裕層的いけ好かなさを感じたなら本作を聴けば思わず納得するはず。
本作はハウス・ブレイクビーツを基調としながら、多彩なサウンドが曲ごとに切り替わっていき、まさにタイトル通り世界中を移動していくような感覚を味わえ、そこには絶えず人の気配がある。
その移動していく感覚は、特に"Bambro Koyo Ganda"から"Kerela"の流れや、今にも動き出しそうな躍動感のあるジャケットのアートワーク、そしてノベルティのZINEに顕著だ。また、静かなタメをもってジワジワ押し上げていく冒頭の"Migration"から"Break Apart"でのRhyeのスーパー美しいファルセットは、旅先のあの朝を思い起こすことだろう。

モノづくりに近いところで仕事をする僕としては、より長いキャリアをもつFour Tetもそうだが、20年近く地道に築いてきた彼の技術をもってエディトリアル過ぎず、美しい多様性をもって磨き上げられた曲たちが、隆盛のR&B勢を抑えて"今"を象徴する一枚として響いてくる。
進化し続ける伝統工芸品認定第一弾。










#8
Feist
Pleasure
Universal (CAN)

Feist久しぶりの新譜。
これまでの作品よりも彼女自身のプレイが生々しく響き、その場の感情をダイレクト収めたというような仕上がりだが、随所にコンセプティブな仕掛けをちりばめてあり、かなり練ってからレコーディングに入ったように見える。
演奏は"向井秀徳エレクトリックアコースティック"みたいなノリだ。
その中でもこちらの"A Man is Not His Song"が、様子がおかしいと感じたので訳してみた。

—————————————————
Feist / A Man is Not His Song

A man is not his song
A song is a promise
If a man is just his song
Then can the song be beyond us?
How they, they make it up
And it sends in deep elation
Eventually it'll let you down
By believing in standing ovation
歌は人を超えない
歌とは一種の約束
もし人生が、まさに歌のようなんだったら
その歌は私たちを超えて存在できる?
そんな自惚れの中でどうやって?
結局は喝采を真に受けてあなたは落胆することになる

Song won't lift up if
Made by revenge so oboe sweet
I will will it
To add up to more than you or me
甘いオーボエの音色で書かれた曲も、復讐の中では機能しない
落胆させてしまうかもしれないけど、それでもわたしはわたしたち自身を超えていく

Cuz a man is not his song
And I'm not a story
But I wanna sing along
If he's singing it for me
なぜなら、音楽は人生に値しない
そしてわたし自身は物語なんかじゃない
でもあの人がわたしのために歌ってくれるのなら、わたしは歌いたい

That filament that flies by
And it brings yellow light
Of those yellow summers back
By coconut palm and snowy pine
I've heard years pass
Through my ears to hear otherwise
We all believe in old melodies
I carry tunes around like they carry me
その緻密なスコアは、ヤシの木とパインが呼び起こす臆病な夏の記憶が書かせたもの
年月が何事もなかったかのように過ぎ去るのをこの耳で聞いた
懐かしいメロディーたちに想い、彼らがそうしたように、わたしの歌を届けてまわる

A man is not his song
Though we all wanna sing along
We've all heard those old melodies
Like they're singing right to me
歌は人を超えない
それでも私たちは歌う
あの古いメロディーのように
彼らが今もわたしのために歌ってくれているように

More than a melody's needed
More than a melody's needed
More than a melody's needed
More than a melody's needed
More than a melody's needed
More than a melody's needed
More than a melody's needed
More than a melody's needed
More than a melody's needed
メロディーよりも大切なものを…
—————————————————
音楽へのリスペクトと疑心、"No music, no life"的な商売根性由来のキレイごとへのアンチテーゼもまた含まれてるのかもしれない。
それでも歌いたいという強い意志との葛藤が美しい。
今年は幸運にもデンマークと日本で二回彼女のライブを観たが、まさにこの歌のように、歌いたい、表現したいという気持ちの塊のようなステージで、少しでも表現に携わる人なら、感化させられるものがあっただろうし、このアルバムはライブでの追体験が必須だということがわかった。

本作は、もしかしたら、コーラスのタイミングやサンプリングなど、前途のコンセプティブな部分が若干モダンアート感強めなので、鼻にかかる人もいるかもしれないけど、初期衝動と冷静な思考を何度も往復したであろう曲たちは全てむき出しの彼女の根本的な素直さでもって極上のパワーフォークに昇華されている。

なお、オフィシャルサイトでは、本作の影響源となったという本人によるフードレシピ集が発売されている。
少なくともアートをやるにあたっては、なにも発奮忘食じゃなくたっていいってことだ。










#7
Four Tet
New Energy
Text Records (UK)

冬に強い男、Four Tet。彼の今までのカタログの中ではフォークトロニカを代表する作品とされている"Rounds"に近い作風だが、本作の場合はメランコリックというよりもどこか憂いに近いような印象だ。
冒頭の"Alap"に続く"Two Thousand and Seventeen"での、数小節に1回だけ、2拍削られて妙なズレを生み出すベースラインに淡々と進むドラムループ。そこに乗る揚琴のメロディという組み合わせは、まるで織物の糸のようにそれぞれが複雑に絡み合っていて、本当に素晴らしい。この曲は全てサンプリングのみで作ったそうだが、なんともFour Tetらしいオーガニックさとアンビエントの共存する一曲になっている。
人々がともに歩むということは、その人の数だけ歩幅の違いがある。みんな違う歩幅や速さで人生を進んで行くものだが、そういった人々の歩みを改めて示すような柔らかいポリリズムと、悲しげなメロディの曲に"Two Thousand and Seventeen"、すなわち"2017"と付けたのは本作がポリティカルな作品であることを暗に示しているのだろうか。

余談だが陶器に関する僕の好きな説に、人類が土を焼いて形あるもの、つまり土偶などを作り始めたと同時に、自然の中に見えないものを見るための想像力が失われたという説がある。
Four Tetの作品を聴いていると、ある種のエレクトロニックミュージックというのは先鋭性を追い求める側面があるのと同時に、逆行するようだがそういった失われた想像力を思い出す行為も同時に含まれているように思える。
ある意味でインターネットという現代の土偶によって、例えば人質の殺害はエンターテイメントになり、一国の代表が多くの人を傷つけるようなヘイトまがいのつぶやきをしていて、それらのことは、未だに20世紀然とした感性の持ち主たちが想像よりも多かったこと、彼らがいかにして人を傷つけ、自分たちの意見を押し通すかに想像力を費やし続けているかを教えてくれた。

そんな時代にあってFour Tetらしさそのものである今回の作風、オーガニックなサウンドとミニマルハウスやクラブカルチャーを融合し、またそこに加わる世界各地の固有の楽器のサンプリング、大げさでなく、まさに境界線をボヤかして地球自体を一つの鍋のように混ぜていくようなその手法は、本作においては最早伝統工芸の域に達している。
そして、そこにたっぷりと憂いを加えたキーランが最終曲に持ってきたのは、カットアップされた女性たちのつぶやきが暖かい音色のキックに乗り、アコースティックギターのサンプリングとシンセが立ち代わりで展開するサウンドで、本作の中では異質とも言えるパワフルさを持った"Planet"だ。
それでもそのパワフルさは決して背中をグイッと押すようなものではないように感じる。この、良くも悪くも変化の多い時代に、そこで踊り続けることも重要なのだという彼のメッセージと受け止めたい。
一歩進んでは半歩下がってゆっくりと磨き上げるような活動を続けてきた彼の最高傑作が今年の伝統工芸品認定第二弾。










#6
Noga Erez
Off The Radar
City Slang (GER)


去年、Tindersticksに、Lambchopにと、傑作の発見を助けてくれたベルリンのCitySlangからのニュースレターで飛び込んできたのが本作。
FKA Twigs譲りの刺々しくアグレッシブなビートとポップなメロディやラップがあまりに魅力的な本作は、イスラエルのテル アビブで活動するノガ・エレズのファーストアルバムだ。
特に低い音域のときのザラついた彼女の声は、このパーソナルながら同時に我々に問題提起するような作風にとてもマッチしている。
イスラエル出身だと聞けば、先行シングルの"Dance While You Shoot"の歌詞、特に
"But can you dance while you shoot? 
Can you dance while you shoot? 
Can you shoot while dancing? 
Can you move while you shoot?" 
と繰り返すラインは、暴力を主導する連中に向けたものだと捉えられる。
しかし、彼女曰く自分の作品はあくまで身の回りのパーソナルな事柄を歌っていて、決してポリティカルな意図はないとのことだ。
イスラエル出身、攻撃的なビート、ビデオのデザイン、銃を連想させる彼女の仕草。第一印象で彼女をポリティカルなアーティストだと決められる要素は十分に揃っている。
でも一方で、例えば政治に興味なく選挙の投票もしない、だがそれ自体が既にある種の政治的な行動になっているという事実がある。税金を納めることだってそう。乱暴なようだが、この世界に生きる限り、非政治的な生活を送ることなど不可能だ。着ている服はどんなところで誰が作ったのか?コーヒー豆は?水は?
我々の身の回りには直接的ではないにせよ政治に結びつくことが溢れている。
彼女はそもそもそういったことを含有したうえで作品を作っているのではないだろうか。
イスラエルがどんな国だろうと、そこには日々新たに生まれる命があり、人々の生活は続いていく。それぞれの物語があり、アートが生まれ、我々に届く。日本に暮らす我々よりも身近に暴力があり、世界から非難され、その出自が海外での音楽活動を阻害することもあるという。
それでも、そういった環境から私生活まで並列に捉え怒りでもってパッケージングしたのが本作で、彼女の創作の動機は殆ど怒りからくるというが、音こそ攻撃的なものの、怒りを邪悪なものと捉えず、そこにある多様な感情をうまく抽出してクールにアウトプットされているように思える。
人間の感情のなかでも、怒りは様々なものを曇らせる部類の感情だ。その曇りを丁寧に晴らし、その怒りの中に渦巻く細かい挙動を、丁寧に、かつダイナミックに紡いでいく彼女の音楽は、Feistと同じようにコンセプトと初期衝動の間であまりにも魅力的に揺れている。

音楽と政治、そんな議論は政治がいかに身近なものなのかを再考してからするものだろう。
そして、この素晴らしい音楽にノって踊ることは虐殺を賞賛する墓場の上のダンスだろうか?
僕はそうは思わない。










#5
Otto A Totland
The Lost
SONIC PIECES (GER)

Nils Frahmのスタジオで録音された本作。
NHKの政治家や学者のインタビューで、マイクが敏感すぎて喋ってる口の中のムニムニが異様に大きく聞こえるときがあるが、本作は作品としては純粋なピアノソロであるにもかかわらず、ホワイトノイズ、鍵盤のタッチ、鼻息、衣擦れ、食器の音などの彼を取り巻く全てのノイズが人間の耳で聞こえる以上にクローズアップされ、その奥でピアノが不思議な残響とともになっている。さすがにムニムニはしてない。
そして、その優しいタッチのピアノがはじきだす極上のメロディはとても純粋で儚いが、決して悲しさを喚起するようなものではなく、寄り添うような趣きがある。
不思議なのは曲間もホワイトノイズが続くことによって、妙な即興性を生んでるところで、全編一発録りのようなライブ感があり、またそのくぐもり具合はCaretakerの諸作も思い起こさせる耽美さだ。
とてもデリケートな作曲•演奏だが、音楽を取り巻く環境音が、演奏の緊張感をちょうどよく緩和しており、曲に人の温もりを加味している。

この全く沈黙の存在しないミニマルミュージックが生み出す静かな騒々しさは、孤独を感じているときにこそぜひ聴いてみてもらいたい。










#4
Vince Staples
Big Fish Theory
ARTium (US)

BADBADNOTGOODやKiefer辺り、またはネットフリックスのゲットダウンのおかげで、去年後半から個人的にラップへの熱が高まってきたが、のめり込むきっかけは何気なく聴いたChance The Rapperの”Coloring Book"だった。今まで聴いたことのあるどんなヒップホップよりも、インテリジェンスに溢れていて、いまのシーンがどうなってるのか一気に興味が湧いた。
Future、Kendrick Lamar、Young Thug、Danny Brownなどを聴いたり、Nosajthingにも出会った。そんな中でGorillazが春先に出した”Humanz”のオープニングナンバーである”Ascension”という曲で、初めてVince Staplesのラップを耳にした。その時はなんとなく頭にとどめておく程度だったが、6月にリリースされた本作を聴いて、どのラップアルバムよりもダントツで聴くようになった。
いままでヒップホップに触れてないこともなかったが、よくかけてたのはQ-TipのソロかBeasty Boysぐらいでほとんど未知の領域であり、夢中になった勢いを借りてスウェーデンのWay Out Westというフェスの初日だけ行ってみた。ラップ勢はYoung Thug、Danny Brown、Migosなどが出ており、ヘッドライナーに至ってはなんとFrank Ocean!!
会場ではオーディエンスのラップミュージックへのとてつもない熱量を体感し(殆ど大合唱!!)、なんというかラップの現場感的なものも味わうことができた。あのサブベース系の下腹部を波打たせる低音は、クラブなどではなく、意外に屋外の方が耳に優しいまま腹に効くので良い。
また、メインステージでプレイしていたFlumeが本作で参加している”Yeah Right”を流したのは大変に興奮した。

さて、本作だが、肝はトラックの多様性とフラット気味のラップにあるだろう。トラックはハウスやグリッチテクノのような瞬間と、オールドスクールやあるいは作今のR&Bからくるフォーキーな側面、そしてトラップの要素がうまく混ざり合っていて、テイストとしては僕の知ってる中ではゴリラズの”Humanz”かダニーブラウンの”Atrocity Exhibition”あたりが近いだろうか。
まず一曲目の”Crabs in The Bucket”の後半で、最近色んな作品に出没中(しかもどれも良い)のキーロ キッシュがダークなメロディを歌い上げるが、彼女が参加してる曲は本当によく耳に残る。オリジナルアルバムでは一昨年の”Reflections in Real Time”がおススメだ。
アルバムのハイライトは、ここから”Big Fish”の流れと”Yeah Right”でのケンドリックラマーの登場だろう。前半は"巷のクソなものリスト"みたいなひねくれたリリックが続き、後半はケンドリックラマーが打って変わって、攻撃的なリリックを乗せる。彼の声が聴こえた瞬間に雰囲気がガラッと変わる様が最高にエキサイティングだ。
ニュアンスに自信がないが、ケンドリックパートの和訳はこちら。
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Pop 'til it's fakin'
Pop 'til the wrist pop
Pop 'til he shakin'
Pop like four on the floor been in rotation
No allegation
偽りは撃ち抜く
黙ってただ撃ち抜く
奴が離れるまで撃ち抜く
繰り返し四つ打ちのかかるフロアように
主張なんてないさ
—————————————————

前後するが、冒頭のヴィンスパート。
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Is your house big? Is your car nice?
Is your girl fine? Fuck her all night?
Is you well paid? Are your shows packed?
If your song played, would they know that?
How the thug life? How the love life?
How the workload? Is your buzz right?
Do the trap jump? Is the plug right?
Got your head right? Boy, yeah right
でかい家に住んでるか?良い車に乗ってる?
イイ女と付き合ってる?一晩中付き合ってくれる?
稼いでる?客は埋まってるか?
曲の反応はどうだ?
サグライフ?ラブライブ?
仕事はあんのか?バズってる?
トラップで跳ねてる?ヤッてる?
正しいと思ってんだろ?そうさ正しいんだよ

—————————————————
ラップシーンではストリートの現状、金、ドラッグ、セックスといった要素が扱われることが多いが、彼の場合はそれでもどこか斜に構えた旧オルタナ的要素があるように思える。
それをどこかニヒルなテンションでフロウしていく感じは、逆にラップミュージック好きの人たちがどう思うのか気になるところだ。

タイトルの"Big Fish Theory"は直訳すると"裸の王様の論理"といったところだろうか?
ストリートに蔓延り、またお国の大将も日本と同じく裸の王様である彼らのタフな状況は、いったいどこまで続くのだろう。










#3
Bing & Ruth
The How of it Sped
4AD (US)


春先に来た4ADからの新譜案内のメールで本作が紹介されており、ジャケットが良かったのですぐに聴いた。
ちょうど去年の年末からラップ勢を聴くことが多かったので、当初は本作をそこまで熱心に聴いていなかったが、気が付くと一年通してコンスタントに聴いており、年末には興味がラップからピアノに移ったこともあり、本作に結構夢中になった。
一人かと思ってたら、ピアニストのデイヴィッドムーアを中心とした室内楽アンサンブルで、ニューヨークを拠点としてるようだ。
巷ではスティーブ ライヒが引き合いに出されてるようで、確かに反復がメインになっているが、もっと荒涼とした音像になっていて、でもメランコリック過ぎず、アカデミック過ぎず、特定の心象風景を喚起するものでもなく、だからといって匿名的でもない、すべてが”過ぎず”の範疇にあってとにかくバランスがとても良い。

ピアノのプレイはタッチの緩急に曲への献身性があって、激しくパーカッシヴなプレイでは抑制の効いたミックスになっており、そこも”過ぎず”だ。ここはライブだとどうなるのかとても興味深い。
そして、ソングライティングも ”The How of it Sped” のような曲が彼らの代名詞となるのだろうが、”Chonchos” や “To All It” など聴くと、様々なジャンルの音楽を嗜んでることが伺え、それらをマックス リヒター的な音像で包み込んでいる。

聴く人の感情をコントロールするような音楽や、特定のムードを演出するようなものは、あまり好きではなくて、その点本作は殆ど全てのシチュエーションでその場に寄り添うように流すことができる。

今の僕のボキャブラリーでは、圧倒的に優れたバランス感としか言えないが、モダンクラシカルと言われるジャンルの中では傑出した作品であるのは確かで、インディキッズ的な方でその手のものを敬遠がちなら是非聴いてみてほしい。

この一年もっともじっくり楽しませてもらった一枚。










#2
The National
Sleep Well Beast
4AD (US)


誰かと生きていくということ。そこから我々はたくさんの素晴らしい感情を享受できるが、相手と長い時を過ごせば、どうしても悪い面ばかりに目がいってしまうような経験は誰しも少なからずはあるだろう。このアルバムでは、明らかにそういった関係性の代表である結婚生活にフォーカスしている。だいたい結婚してから10~15年ほどのイメージだろうか。そして、どの曲でもその関係は破綻してるか、その寸前の状態にある。
ぶっ飛ぶようなハイクオリティの先行シングル、”System Only Dreams in Total Darkness” では、もっと互いにわかりあいたいと思うAと、逃げるようにそれを諦めてしまっているであろうBの関係が、かつての彼らでは考えられないほどポップなアレンジで赤裸々に歌われる。
以下に同曲の平野訳を。

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The National / The System Only Dreams in Total Darkness

Maybe I listen more than you think
I can tell that somebody sold you
We said we've never let anyone in
We said we'd only die of lonely secrets
恐らく、君が思ってるよりはちゃんと聞いてるさ。
だれが君を貶めたのかも言えるよ。
ぼくらは言い合った、お互いの本音なんて一度も見せ合ったこともなければ、
お互いの最期さえ秘密のまま死ぬしかないんだとね。

The system only dreams in total darkness
Why are you hiding from me?
We're in a different kind of thing now
All night you're talking to God
契りというものは完全な闇の中で夢を見るしかない。
君はなぜ僕から隠れるんだ?
もはや僕らには共通するものなんて無く、
君は一晩中、"神とやら"に話しかけてばかりだ。

I thought that this would all work out after a while
Now you're saying that I'm asking for too much attention
Loss of no other faith is light enough for this place
We said we'd only die of lonely secrets
しばらくすれば、万事上手くいくと思ってたよ。
ぼくの世話係はうんざりだって言うんだね。
信仰心の欠落こそが、ぼくらの道を示すはずなのに。
それでもぼくらは言い合った、
お互いの最期さえ秘密のまま死ぬしかないと。

The system only dreams in total darkness
Why are you hiding from me?
We're in a different kind of thing now
All night you're talking to God
契りというものは完全な闇の中で夢を見るしかない。
君はなぜ僕から隠れるんだ?
もはや僕らには共通するものなんて無く、
君は一晩中、"神とやら"に話しかけてばかりだ。

I cannot explain it
Any other, any other way
I cannot explain it
Any other, any other way
どんな手を、どんな手を使っても、
ぼくには君を説き伏せることなんてできないんだよ
どんな手を、どんな手を使っても、
ぼくには君を説き伏せることなんてできないんだよ

The system only dreams in total darkness
Why are you hiding from me?
We're in a different kind of thing now
All night you're talking to God
契りというものは完全な闇の中で夢を見るしかない。
君はなぜ僕から隠れるんだ?
もはや僕らには共通するものなんて無く、
君は一晩中、"神とやら”に話しかけてばかりだ。

I cannot explain it
Any other, any other way
I cannot explain it
Any other, any other way
どんな手を、どんな手を使っても、
ぼくには君を説き伏せることなんてできないんだよ
どんな手を、どんな手を使っても、
ぼくには君を説き伏せることなんてできないんだよ
—————————————————

基本的にはアルバムを通してこの調子だ。
彼らの場合、いまに始まったことではないが、重く一方的で自己陶酔がかっている。
ただし、このA(I)をそのままに、B(You)を例えば親友、両親、同僚、或いは政府など
あなたに近い(物理的にではなく関心的に近いものも含め)誰かや何かに置き換えることもできる。
そう、彼らの特徴のひとつは、普遍的で身近なモチーフを顕微鏡で拡大したように赤裸々にクローズアップすることで、今作の場合はコミュニティの最小単位のひとつである夫婦という関係性を借りて、より大きな世界の存在に目を向けさせてくれるところにある気がする。
だから、9曲目の”Guilty Party”のように、聴く人によってはラブソングであったり、ポリティカルソングであったりするわけだ。
また、バリトンボイスのせいか男性的な目線だと思われがちだが、奥さんとの共作が功を奏してか、そういった多面的な表現に結実している面もあるのだろう。
このアルバムを聴いていると、いま自分には関係が無いように思えてること、例えば、猟奇的な殺人、性犯罪、戦争、インスタ上の幸せで充実したライフスタイル、末期状態のテレビ番組、差別、ヘイトクライム、セカオワハウス内のあれこれ、発達障害、リニアモーターカー実用化の行方、まあキリが無いですけども、この世の様々な出来事の中で、自分には関係無いと思っていても、そんな想いとは裏腹に、実はこっそりとすぐ近くに存在してるんじゃないかという感覚を強くする。
この作品を聴いた後には、そんな事柄たちと我々の間には、確かな手触りがあるのを感じるのだ。
これは個人的な意見だが、一度憶えたその手触りは絶対に忘れてはならないと思っている。
その手触りこそが、我々を繋ぎ止め、踏みとどまらせてくれると信じているからだ。
だからこそ、描かれてるモチーフに囚われずに、その言葉の並びに潜む普遍性を自分なりに解釈していくことが彼らの音楽を楽しむポイントだろう。前作のタイトル”Trouble Will Find Me”のように、それらはすぐ側にあるどころか向こうからやってくるのだ。だからこそ我々はいちいちその対処法を学んでいくべきなのだろう。

この夏にデンマークで初開催されたHAVEN FESTIVALで本作に先駆けての新曲披露となる、彼らのライブを観た。
Dessner兄弟が共催者としてキュレーションを担当しており、各アーティストのライブへの飛び入り参加も頻繁にあるという、かなりホーム感があるフェスとなった。
ヘッドライナーとなったThe Nationalのライブでは、開始直前までの豪雨が開始とともにパタッと止み、前作の"Don’t Swallow the Cap"で幕を開け、とてもポジティブとは言えない曲たちを笑顔で飛び跳ね合唱するデンマークっ子たちに囲まれながらの2時間を過ごした。その後の余韻の中で、なんとなくアーティストがそのパーソナリティのダークな面をシェアするということの意味を考えてしまった。
それはなにも聴く人を悲しみの淵に引きずり込むためのものではなく、感情の、その暗さのなかの多様性を想像するための土壌を育むという効果のほうが大きいのかもしれない。

「中年による"誰かと生きることのハードシップリスト"を中年らしからぬ、瑞々しくエクスペリメンタルなサウンドに乗せることで、幸せを浮き彫りにする」これは本作発売時の僕の謎の感想だが、本作は過去作から比べると、サウンド面ではかなりドラスティックに変化したと言っていい。今までの彼らの作品の中では、もっともエクスペリメンタルな音楽性だ。
前作からさらに役割を増したモダンクラシカル周辺での仕事の影響と、そこにクラウトロックを掛け合わせた、無駄に琴線を刺激しないシームレスな進行。
これもやはり昨今のクラシック界隈の影響が伺える、刺々しく多彩なシンセ。
Mouse on Mars直伝のマシンビートに乗っかるのは、バンドの生命線であるドラムのBrian Dvendorfによる1人ダイバーシティ。
そして"Carin at the Liquor Store"で聴けるようなAaron Desnnerによる特徴的なリズムのピアノ。
これらの要素を慎重に掛け合わせながら、まさに本当の川のように緩やかに流れたり、せき止められたり、激しく落ちたりと、とにかく緩急が豊富だ。ここまでガチャついた曲達を一枚の作品にまとめられるのは、現在だと彼らかSpoonぐらいだろう。

重々しいピアノの音色を携えた"Nobody Eles Will Be There"で幕を開ける本作は、一聴すると暗く、どす黒いほど生々しい瞬間さえあるが、Matt Berningerから吐き出される言葉には、思慮や卑屈さや怒りがアルペジエーターやピアノと絡むようにあくまで軽やかに配置されている。
そして伴奏は彼の言葉を、時には説明し、盛り上げ、盛り下げながら寄り添うように共存し、コンセプティブな具体性を垣間見せながらも、聴き手の自由度を奪うことなく絶妙なバランスで鳴っていて、本当に素晴らしい。
"Day I Die"では自分が死ぬ日の二人を居場所を繰り返し夢想する。
"Walk it Back"はブッシュ政権当時のKarl Roveの発言をMatt BerningerとLisa Hanniganの変調された声で再現し、アメリカへの失望を既に破綻関係にある結婚生活と重ね、"Carin at The Liquor Store"では「それは最初からわかっていたこと」と、諦めを繰り返す。
AOR調の"Dark Side Of The Gym"では二人が出会ったときのパワフルさに立ち返り、最終曲"Sleep Well Beast"はまるで本作自体を反芻するように、また、眠るように終わっていく。


これらの曲は、このバンドが本当に強く暖かい詩人であることを静かに知らせ、"誰かと生きることのハードシップリスト" に並んだ大なり小なりの受難と、"それでも生きていかなくてはならない"という厳しい優しさを突きつける。
"Beast"とは隣の誰かなのか、内なるものなのか、本作を聴き終わったとき、あなたは何に向かって"Sleep well, beast"と呟くのだろうか。










#1
Mount Eerie
A Crow Looked at Me
P.W. Elverum & Sun (US)


マウント イアリことフィル エルヴラムは2016年6月に妻であるアーティストのジュヌヴィエーヴカストレイを癌に伴う長い闘病の末に亡くした。彼女の治療に専念するためにファンドによる寄付を募りながらサポートする日々だったという。
8月になると、残された娘と暮らす自宅内の妻の部屋に機材を持ち込み、彼女が使用していた楽器も用いながら、本作の製作を開始する。
描かれているのは、彼女の死と前後して起こったことや、日常の変化、それらをあまりにも生々しく写し出した表現と、そうすることへの葛藤だ。
アルバムは”Real Death”という、強烈な一曲目で幕を開ける。

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Mount Eerie / Real Death
Death is real
Someone's there and then they're not
And it's not for singing about
It's not for making into art
When real death enters the house, all poetry is dumb
When I walk into the room where you were
And look into the emptiness instead
All fails
My knees fail
My brain fails
Words fail
Crusted with tears, catatonic and raw
I go downstairs and outside and you still get mail
A week after you died a package with your name on it came
And inside was a gift for our daughter you had ordered in secret
And collapsed there on the front steps I wailed
A backpack for when she goes to school a couple years from now
You were thinking ahead to a future you must have known
Deep down would not include you
Though you clawed at the cliff you were sliding down
Being swallowed into a silence that's bottomless and real
It's dumb
And I don't want to learn anything from this
I love you

死は現実
そこにいた誰かは、もう存在してない
それは、歌うべきものではなく
アートにするべきものでもない
確かな死が部屋に入り込み、全ての詩は言葉を失う
かつて君がいた部屋に入って、君の不在を見つめると
全てが損なわれて
僕の膝も
僕の頭も
言葉も
涙に押しつぶされて、何も考えられなくて、ヒリヒリ痛むんだ
僕は階段を降りて外に出る
未だに君宛の郵便物があるんだ
君の死から1週間後、君の名前で荷物が届いた
中には、君が内緒で頼んであった僕らの娘のための贈り物
そして僕はその場で崩れ落ちて、泣き叫んだ
まだそんな歳じゃないのに、彼女が学校に行くときのためのバックパックだね
君は未来のことを考えながら、自分の不在を噛み締めてたんだね
それでも、滑り落ちながらも必死にしがみついていた
底なしで絶対的な沈黙に飲み込まれそうになって
こんなのはくだらないことなんだよ
僕はそこから何かを学びたくなんてないんだ
僕は、君を愛してる
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たしか2008年ぐらい、友人と深夜まで音楽を探してiPodに入れたりして発掘を楽しんでいた。
そのときに彼の”Lost Wisdom”というアルバムを発見した。
最高のメロディを短く切って集めましたという感じの、とても美しいアルバムだった。その後、あまり彼の同行を追うことはなかったが、”Lost Wisdom”はいつまでもとても強く印象に残っていた。
今年の頭に、デイブ・ロングストレスによるインスタ上でのインディ論争のときに、久し振りにマウントイアリの名前を見て新作が出ていることを知ったので調べたところ、どうやら奥さんの死についての作品だということがわかった。
あまり捗ってないが、2年弱前に英語を勉強し始めた僕は以前よりもかなり英語の歌詞を聞き取れるようになっていた。
最初、一曲目の”Real Death”を聴き終わったとき、再生を停止した。あまりに赤裸々な彼自身の心理描写がダイレクトに入ってきて、怖くてその先に進めず、それから最後まで聴けるようになるまでに半年かかった。
当初、そこまでダイレクトな曲は”Real Death”だけだと思っていたが、とんでもない。
アルバムを通して、死の前後をしっかりと記録しているようだった。
息を引き取るその瞬間、彼女のいない生活、娘との会話、”Real Death”で歌われてるように、そのことを描くことと葛藤しながらも綴られる歌からは、なんというか筆圧のような感じで、娘と歩き出さなければという強さと、胸を掻きむしるような悲しみ、そして優しさが、こちらの頭の中に強い強い筆圧で書き記されていくような感覚を覚える。
当然僕らも身内に限らず数多くの死を見てきた。5歳の時に父を亡くした経験、やはり同じように癌になって少しずつ死に向かっていき、息を引き取るその瞬間まで見た経験は、大人になっていく過程で何度も反芻し、自分なりの死生観を育む糧となった。
それでもまだ、死に対しての想像力が足りていないことを実感せざるを得ない。
多くの人は喪失感を無くしていくことに力を使うだろう。僕もそうだ。
でも、彼は少し違うように思える。ヒステリックなまでに彼女の死を見つめ、その上で生きていこうとしている。
それを描きたいと思ってしまう欲求に自己嫌悪だって覚えているだろう。


まだまだ僕はこの作品と完全に向き合うに至っていない。
なんとか音楽としての、ありのままの表現で、圧倒的な現実である彼女の死の際にあったかもしれない本当に小さく光る星のような美しい瞬間を、図らずも我々に見せようとするかのように必死に絞り出すような彼の歌声と、部屋に浮かぶ埃のように残る彼女の気配。
このランキングの影響力こそとてつもなく小さいが、そんな本作を僕の今年の1位としてここに書くことで、少しでも多くの人にその輝きが届くことを願ってやまない。










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いかがだったでしょうか。今回のランキングは決してそれぞれの優劣だけではなく、15位から順番に聴くと良いよという並びのリズムも考慮してあります。ランキング順に作ったSpotifyのプレイリストが下に貼ってあるので、お楽しみください。ただし、Mount Eerieは日本のSpotifyに無かったので、どこかでなんとかゲットしてください。

さて、来年も早速良さげなリリースがありそうですね。Nils Frahmの新作や"You Were Never Really Here"のサントラなんかも注目です。

しかし、ストリーミングのおかげで色んなアーティストが身近になったのはいいものの、来日事情は厳しさを増すばかり。
悪いことは言わないので、好きなアーティストがツアーをやるとなったら、絶対に地元に直接見に行くべきです。

それでは機会があったら現地で会いましょう。サヨウオナラ




1. Mount Eerie : A Crow Looked at Me
2. The National : Sleep Well Beast
3. Bing & Ruth : The How of it Sped
4. Vince Staples : Big Fish Theory
5. Otto A Totland : The Lost
6. Noga Erez : Off The Radar
7. Four tet : New Energy
8. Feist : Pleasure
9. Bonobo : Migration
10. Jóhan Jóhannsson : Arrival
11. Dirty Projectors : Dirty Projectors
12. This is the Kit : Moonshine Freeze
13. Felicia Atkinson : Hand In Hand
14. Guerilla Toss : Jay Glass Dubs vs Guerilla Toss
15. Nicholas Britell : Moonlight Motion Picture Soundtrack